現代中国考


現代中国に独自の観点から考察を加えます
by 4kokintou
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鄧小平と劉少奇

1949年の共産中国建国以来、中国国民が唯一幸せだった時期は「劉少奇国家主席+鄧小平共産党総書記」体制の時代であったと断言できます。

ここで注目すべきは、この組み合わせが「名門宗族(のおそらく本家筋)+非宗族(客家)」の組み合わせである、それに両者とも留学経験があることです。

また、「毛沢東が居ない時の中国は幸せだった」とも解釈できます。


毛沢東は「偉大な革命家(私見を申せばこれは全くの誤謬)」であったかも知れないが、政治家としての統治能力はゼロ、否存在してはならない人物でした。


「劉少奇国家主席+鄧小平共産党総書記」の前後には何があったのか。

簡単に言えば「毛沢東による大量無差別虐殺」です。

大躍進政策で中国国民に塗炭の苦しみを与え、文化大革命で中国人同士を殺し合わせた、これが建国以降の毛沢東の「業績」です。

何故この人物をいまだに中国は「英雄」と讃えねばならないのか、ここに中国の苦悩がありますが、以前にも申し上げたが、「農民を中心とする非宗族階級に語りかけた最初の中国人」と言う点は見逃せません。


話を戻して、「劉少奇+鄧小平」体制で中国を安定軌道に乗せるべく活躍していた鄧小平本人は劉少奇を、ひいては(旧)宗族階級をどうみていたかと言いますと、「やはり宗族の底力は侮り難い」と考えていたのではないでしょうか。

簡単に言えば、「容宗族派」だったと考えられます。

その反対の「反宗族派」の筆頭は、勿論毛沢東。

そして、鄧小平が求めていた理想は、実は「宗族階級と非宗族階級との融合、差別解消」ではなかったのか、そう考えられます。

ですから、「革命の成就には数世代の時間を要し」、明治維新型の「上に向かう革命」が正しいことを理解した最初の、少なくとも極めて初期の中国要人が、鄧小平ではなかったか、そう考えられます。

(続く)
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by 4kokintou | 2009-01-05 23:46
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