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産業革命が無ければ、儒学一辺倒の教育制度はもっと長続きしていたかも知れません。
勿論、中国が技術革新で遅れを取っていた訳ではなく、産業革命に乗ることが出来た国家のイノベーション(「仮に技術革命とでも表現します)には、太刀打ちできなかった訳です。 中国は、神学と政治学の間に位置する儒教を神格化する一方、理系科目の総合成果とも言える軍事学、ひいては軍民(軍戸)は軽侮してきました。 ですが中国歴代王朝が「尊儒一遍」から目を覚ます機会が無い訳でもありませんでした。 豊臣秀吉の二度に亘る「唐入り」は、その戦争目的が奈辺にあったのかも大切ですが、おそらく石田三成の作成した作戦指導要綱は、微に入り細に入り行き届いたものだったと思われます。 しかも率いる兵士はまさに歴戦の勇士ばかりで、その数、予備役を入れて15万前後、この内の相当部分が当時最先端の火縄銃を初めとする最新兵器に精通していました。 しかもこの数、当時の最強にして最大の戦闘集団たる徳川家には軍役を課していないのですから、数字だけで言えば少なくとも5万の精兵をつぎ込む余力があります。 そして朝鮮半島北辺で、大韓帝国の前身「李氏朝鮮」(別称朝鮮王朝)から支援の要請を受けた中国軍(この場合は明=大明)の迎撃を想定しなかった筈がありません。 しかも相手は小誌が北宋の徽宗、清の乾隆帝と並んで「愚物皇帝トリオ」と呼ばせて頂いている万歴帝、一点集中突破型の作戦を採用していれば、応援に駆けつけた明軍の規模と装備から考えて撃破出来たのではないでしょうか。 中国軍を野戦で完膚無きままに叩きのめすとか、攻城戦で壊滅的打撃を与えると言ったことは、日清戦争に持ち越され、「唐入り」では百戦錬磨の日本軍が野戦でも攻城戦でも、得意の包囲殲滅を完成させていません。 ここで勝って、朝鮮半島の一部を領有するか、半島において日本と明が国境を接するか、せめて江華島の事実上の無期限占拠を続けるとかすれば、歴代中国の「文系病」はここで病膏肓に入らずに済んだかも知れません。 (続く)
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