現代中国考


現代中国に独自の観点から考察を加えます
by 4kokintou
お気に入りブログ
真説「春秋」
真説「論語」
真説「孔子」
現代の超克
記事ランキング
以前の記事
その他のジャンル

<   2009年 01月 ( 13 )   > この月の画像一覧


お知らせ(1月26日未明)

御既承の通り、仕事と家庭、それに肉親の原状回復支援の3正面作戦を展開している現状を鑑み、また一部読者から休載中のブログ最下位の声も頂きました点も踏まえ、各ブログの発行曜日を下記の如くと致し度、読者各位に於かれましては格段のご高配を賜れば幸甚でございます。

なお、翌日未明にずれ込む場合もありますし、必要とあれば随時更新致しますので、併せてご了解の程、お願い申し上げます。

中身の薄いものを毎日更新するよりも、内容の濃密さを追求する方を選択した結果とご理解頂ければ幸いです。


「おん爺U」の抱腹絶倒 株式レーティング」:毎週月曜日、水曜日、金曜日の週三回


「現代中国に関する考察」:毎週火曜日、木曜日、土曜日の週三回


「現代の超克」:毎月第一及び第三日曜日


真説「春秋」「論語」及び「孔子」:毎月第二及び第四日曜日


上記適用開始時期は、2月です。

以上、宜しくご理解の程、お願いします。



各誌執筆者


追記
各種コメント、痛み入ります。人間、何歳になっても勉強が必要と痛感する次第です。
[PR]

by 4kokintou | 2009-01-26 01:26

毛沢東と洪秀全

この二人、怖ろしいほど似通っています。

「客家出身」

「従来の外来思想(共産主義及びキリスト教)を独学の末、独創を加えた新思想を確立させた」(少なくとも本人はそう固く信じ、後生もそう信じ込まされている)

「時の政権の抗い、反乱を起こした」

「部分的にせよ独立国家を創設した」(台湾は中国の一部と唱える限り、「統一」は果たしていませんから、「大部分」の掌握と言うことに留まります)

「建国後に以前の同志を次々と粛清していった」

ここだけが違います。

「太平天国はやがて人民の支持を失い滅亡したのに対し、共産中国は人民の支持を獲て国土の大部分を支配して現在に至っている」


ですから、太平天国の乱とその首謀者洪秀全の、中国の(特に教科書における)評価は高いのです。

煎じ詰めれば、「俺様(毛沢東)が偉大なのだから、その俺様の先駆者であり俺様に成り損なった洪秀全は偉い、だから革命を成功させ時の政権を転覆させた俺様を敬え、尊敬しろ、皇帝として扱え、洪秀全でさえ実質的にその様に称したのだから」と言う、循環論理で偉ぶっている毛沢東のわがままに過ぎないのですが。


では、何故毛沢東が独創的で有り得たか、それは彼が「田舎者の共産主義知らず」だからです。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2009-01-19 23:00

毛沢東の実像

毛沢東が尊敬し、或いは手本にしていたと思われる中国史の偉人は、秦の始皇帝と清朝太平天国の乱の首謀者洪秀全で間違いないと思われます。

一部に明の洪武帝を推す声もありますが、それも正解としても、やはり前者の二人の方が重要度が高いと思われます。


始皇帝最大の業績とは何か。

当時の宗族階級をほぼ完璧に根絶やしにしたことです。

根絶やしが言い過ぎだとしても、壊滅的打撃を与えたことは確かです。


戦国七雄の内、己を除く六国を征服した秦は、その統治階級(=当時の宗族層)を悉く殺すか、奴隷かそれに近い身分に落としています。

周(東周)も秦が最終的に滅ぼしましたが、時の王は庶民(二級市民)に落とされています。


楚の王子は羊飼いをしていました。

それを見出して反秦同盟の名目的盟主に祀り上げましたが、項羽は「邪魔だから」と言う理由であっさり殺しています、項家は楚の軍事系の家柄なのですが。

その意味で項羽も充分に「革命的」であり「下克上的」で、時代の空気を胸一杯に吸い込んでいます。

かつての主家を要らないからさっさと殺す、その意味では項羽も始皇帝の弟子であり、旧王族を復活させてはとの進言を一度は認めながら、張良の諫言を受け入れて取り止めた劉邦も「時代の子」と言えます。

ですから、秦の全国統一から漢楚の争いを経て、前漢の成立に至るまでに滅びたか、著しく地位を失った、或いは再び立ち直って歴史に登場することが出来なくなった、「秦の全国統一以前の宗族」は多数存在すると思われます。

そして、仮に文化大革命の真意が「宗族階級皆殺し」にあったとすれば、毛沢東は絶対、始皇帝を参考にしている筈です、これ以上の格好のサンプルはありません。


次に、今の中国で何故に太平天国の乱が高く評価されているのか、これは洪秀全が「毛沢東になり損ねた先駆者」であり、「革命の成功以外は瓜二つ」であるからです。

(続く)

追記
産経新聞によると、天安門事件に関する日本側教科書の記述について、中国側は記述そのものの削除を要求し、行き過ぎた反日教育に対する日本側の抗議に関しても、反日教育は行っていないと反論しているそうです。

日本の教科書を巡って中国が口を出す権利があるのか、そこまで認めた日本政府の思考回路についてはともかく、後者は簡単、中国側が正しいです、最早行っていない、それをすれば命取りになりますから、現政権の。

天安門事件(どっち天安門事件かは不明)はいずれも鄧小平が一枚噛んでいます、と言うか主役です。

いずれにせよ鄧小平は今、中国政府にとって「取り扱い注意」です。

勝手に鄧小平の偶像を頭の中に造らないで貰いたい、それが真意だと思います。

「教科書には載せられない真実」があるのです。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2009-01-18 02:20

北朝鮮に寄り道

専門家と称する連中が、北朝鮮情勢について騒ぎ立てていますが、まず旧正月(今年は2月1日)以前に発言すること自体、己の非才浅学ぶりを吐露しています。

放っておいても旧正月が過ぎた頃には、現状を北朝鮮自身が教えてくれます。


将軍様にとって、どうしても外せない公務の一つに、旧正月休暇期間中の中国大使館訪問があります。

これだけは相手が胡錦濤系であろうが江沢民系であろうが、絶対に自身で赴かねばなりません、長年の慣例ですから。

つまり、在平壌中国大使館に本人が足を運べば、金正日総書記は健康になったか、無理をすれば動ける程度に容態が回復したことになります。

代理を立てれば、その代理は「お飾り」で、同行者が誰か、注目すべきはその一点です。

この「新年歓迎食事会」が重要なのは、この場に参列を許される人物こそが、朝鮮労働党、ひいては国家の中枢にいる「真の要人」だからです。

その中に組織指導部長が居れば、現時点の後継者最有力候補は次男で決まり。

多分そうなると思います、中止にならない限り。


ただ、今回は新年祝賀会そのものがお流れになるおそれがあります。

その場合は、将軍様は長時間の緊張に耐えられないか、ある程度回復してこの程度の公務はこなせるとしても、同行者の人選で決め様がなくなっているか、中国側が中止を求めたか(=事実上の縁切り宣言)のどれかです。


中国に話を戻しますと、今年は人民元が確実に下落します。

それが分かっているから、RBS(ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド)を皮切りに、中国株を叩き売って上海市場から引き揚げています。

そして、それがまた人民元安に拍車を掛けることになります。

この現状に大弱りなのは誰か。

読者各位はもうご存知。

人民元で膨大な資金を上海市場に寝かせている、「ゴールドマン・サックス」とその傘下企業です。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2009-01-15 20:12

再考 成田豊

電通の成田豊氏と、ご存知江沢民氏が仲良しだったと言うのは、本人が「私の履歴書」でも述べている通りですが、考えてみれば「同じ穴の狢」ですね。

片や社内で「天皇」と呼ばれ、此方は「皇帝」の如く振舞って三峡ダムを作って尭舜の猿真似をしたり、院政を敷いてやりたい放題な点も瓜二つです。

それから粛清が大好き、その性格、何とかなりませんかと言いたくなります。


生まれが朝鮮半島だったので、成田豊氏のことを日本人ではないと言う意見も散見されますが、多分違います。

絶対権力を見て育ったので、無意識の内にそれへの憧れが心中に芽生えたのではないかと推測しています。


当時の朝鮮半島を統治していた朝鮮総督府は、「男を女に変える以外は何でも出来る」といわれた程の絶対的存在で、要は総督府=憲法だった訳です。

ですから、当時の朝鮮半島には大日本帝国憲法は適用されていません、この点が日本国内との最大の違いです。

すなわち、日本政府は大日本帝国「臣民」に対して、絶対的存在として臨んでいた訳ではなく、天皇主権制+立憲君主制を採る以上、政府は主権の代行者に過ぎず、絶対に絶対的存在となりえません。(天皇主権と相容れなくなるため)

それ故、ポーツマスでチョンボをした政府に対し、臣民は怒り狂った挙句に呆れ果て、政府を信用しなくなりました。

その時、臣民が信じたのは陸海軍でした。

当然のことながら、統帥権を踏まえれば新兵であろうが老将であろうが天皇に「直属」している訳で、阿呆な代行者に愛想を尽かした以上、信を置くのは「政府以外」の組織と言うことになります。


従って、国内で生まれ育った日本人と、朝鮮半島で生まれた同胞では、絶対的存在に対する感覚が異なる訳です。

簡単に言えば、成田豊氏は絶対的権力の実地教育を受けて育ったと言うことです。

そりゃあ、馬が合うわけです、江沢民氏と。


ですが昨年、成田氏は大きな誤りを犯しました、「私の履歴書」に執筆すると言う愚挙を。

スハルトもそうですが、このコラムに執筆すると、大抵没落するか失脚します、早々に(田中角栄氏は良くもった方です)。

天下の電通もテレビなる映像媒体の衰退と共に限りなく朽ちていきます。

(続く)

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2009-01-15 02:40

閑話休題

更新の間隔が不規則になっていますが、ご事情を察して頂ければ幸いです。


人民日報の日本語版ホームページの「表紙」(http://j.people.com.cn/)が先日、全面的に刷新されましたが、それに伴い左の真ん中辺りに、「指導者関連情報」と言う欄が新設されました。

胡錦濤国家主席は別格に、呉邦国、温家宝、賈慶林各氏の動向が記されていますが、読者各位、すなわち「通」の皆様なら、「国家副主席殿はどうした」との問いが頭に浮かぶのではないでしょうか。

その革命中国の不労所得階級の代表にして、ぼんぼん育ちの習近平国家副主席殿の動向をお伝えしますと、

http://www.pekinshuho.com/zxnew/txt/2009-01/09/content_174118.htm
習近平副主席、ネグロポンテ米国務副長官と会談


副主席様は以前、静岡県知事にもお会いになられています、勿論副主席就任以降。


東夷の知事やら紅毛の「副長官」如きにも気さくに面談される国家副主席様の度量には感服の至りですが、「副主席」の肩書きを持ちながら下々の役職の人物と会談する要人を、中国指導部は、或いは中国国民は「次代の指導者」と本気で考えているのでしょうか。

「副」が外れることはまずないのではないか、要は「太子党」を黙らせるための「人質」であり、お飾りに過ぎないのではないのかと言う疑念が消えません。


後日詳述致しますが、北朝鮮で各部署の実権を握っているのは、実は「副」や「次」の肩書きを持っている人物で、所謂「大臣」は「生え抜きの名誉職的役職」に過ぎず、朝鮮労働党から「天下った」人物(特に組織指導部並びに統一戦線部)が実質的に差配しているのとは異なり、中国政府及び中国共産党では、「副」や「次」は余り重視されません。

やはり、今後も対オバマ政権の「窓口」を引き受ける王岐山副首相が次世代の最高権力者の最有力候補ではないでしょうか。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2009-01-11 23:45

劉少奇と鄧小平と毛沢東

劉少奇と鄧小平と毛沢東、この3人に共通する点はありません。

鄧小平と毛沢東は共に客家(すなわち非宗族階級)出身ですが、宗族集団に対する見方は正反対です。

その底力を認め、宗族の教養や統治能力、その他あらゆる優れた点を吸収することで、非宗族の地位向上を図ったのが鄧小平。

対して、宗族殲滅を企て、それを実行に移したのが毛沢東、己が「皇帝」になるために。


いつも思うのですが、中国共産党の「長征」の道筋をみて、例えば黄巣の乱や太平天国の乱の、反乱軍の移動経路との共通点を、何故専門家を含めて誰も指摘しないのでしょうか。

毛沢東は「流れ者、ならず者」の類で、そもそも毛沢東指揮下の武装集団は、そう言った身分出身者で構成されていたのではないか、そう考えています。


毛沢東は前二者と異なり、留学経験がないです。

共産主義は独学か、少なくとも然るべき水準に達した人物に、体系立てた説明を受けたことがありません。


読者各位は「宗族をある意味で絶滅に追い込んだ中国の歴史的人物」が脳裡に浮かびませんでしょうか。

或いは、「独学でその思想、理論を会得したと称し、時の権力者に挑んだ人物」を思い出しませんでしょうか。

記憶違いでなければ、いずれも毛沢東が評価している歴史的「偉人」です。

(了)
[PR]

by 4kokintou | 2009-01-10 02:26

出た!

「胡錦濤革命」についてご理解頂いている読者各位には、次の記事は当然の帰結と納得してもらえると思いますが、それでもこの衝撃は間違いなく凄い。

鄧小平に関する考察をお休みしてでも、お伝えする価値のある記事です。


http://www.pekinshuho.com/zz/txt/2009-01/06/content_173479.htm
北京、都市と農村の戸籍統一登記制度を検討


従来の二重戸籍制度は、事実上の身分差別制度でした。

それを解消しようと言うのですから、明治維新の際に出された「五箇条のご誓文」の「四民平等宣言」並みの衝撃を伴うものであると共に、「胡錦濤革命」が正しい方向に向かっていること、そして幾多の困難を乗り越えながらも、その路線が動揺することなく堅持されていることを物語る記事です。


そう、「胡錦濤革命」は正しいです、「上に向かっての革命」と言う点で。


共産主義革命は、プロレタリアートを最下層に位置づけている限り、下へ下へと落ちる革命、足の引っ張り合いに堕することになります。

しかもこの政策は、「平等」を希求している点で共産主義革命の「良い点」をも包含しています。


まさに「真の革命の100年」を始まりと断じても、決して間違いではありません。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2009-01-08 17:15

明日は父の七回忌

相次ぐ荒波には、「我に七難八苦を与えよ」の精神で対抗するのみですが、体力が気力についていきません。

年取ったなぁ、でも母には長生きして欲しいから頑張ります。


http://j.people.com.cn/94476/6564639.html
上海の外資企業の「生存率」、60%超


記事そのものの内容も興味深いと言うか、有益な情報なのですが、江沢民に一点張りしていた森ビル、遠からず行き詰まるでしょうね。


http://www.pekinshuho.com/ztjl/txt/2008-12/29/content_172252.htm
新聞大国日本が「新聞の存続危機」に直面


短い記事ですが手際良く纏めています。

「政治批判」はご法度かも知れませんが、それでも中国の「社会の木鐸」は、日本の連中より良質かつ頭脳明晰と断じて良いのではないでしょうか。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2009-01-08 01:46

鄧小平と劉少奇

1949年の共産中国建国以来、中国国民が唯一幸せだった時期は「劉少奇国家主席+鄧小平共産党総書記」体制の時代であったと断言できます。

ここで注目すべきは、この組み合わせが「名門宗族(のおそらく本家筋)+非宗族(客家)」の組み合わせである、それに両者とも留学経験があることです。

また、「毛沢東が居ない時の中国は幸せだった」とも解釈できます。


毛沢東は「偉大な革命家(私見を申せばこれは全くの誤謬)」であったかも知れないが、政治家としての統治能力はゼロ、否存在してはならない人物でした。


「劉少奇国家主席+鄧小平共産党総書記」の前後には何があったのか。

簡単に言えば「毛沢東による大量無差別虐殺」です。

大躍進政策で中国国民に塗炭の苦しみを与え、文化大革命で中国人同士を殺し合わせた、これが建国以降の毛沢東の「業績」です。

何故この人物をいまだに中国は「英雄」と讃えねばならないのか、ここに中国の苦悩がありますが、以前にも申し上げたが、「農民を中心とする非宗族階級に語りかけた最初の中国人」と言う点は見逃せません。


話を戻して、「劉少奇+鄧小平」体制で中国を安定軌道に乗せるべく活躍していた鄧小平本人は劉少奇を、ひいては(旧)宗族階級をどうみていたかと言いますと、「やはり宗族の底力は侮り難い」と考えていたのではないでしょうか。

簡単に言えば、「容宗族派」だったと考えられます。

その反対の「反宗族派」の筆頭は、勿論毛沢東。

そして、鄧小平が求めていた理想は、実は「宗族階級と非宗族階級との融合、差別解消」ではなかったのか、そう考えられます。

ですから、「革命の成就には数世代の時間を要し」、明治維新型の「上に向かう革命」が正しいことを理解した最初の、少なくとも極めて初期の中国要人が、鄧小平ではなかったか、そう考えられます。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2009-01-05 23:46