現代中国考


現代中国に独自の観点から考察を加えます
by 4kokintou
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バンクーバー

新聞のスポーツ欄も時には読み逃せないもので、それによるとバンクーバーの人口の30%は中国系で、白人系は半数を割り込んでいるらしいです。

それにしても何で中国人と朝鮮人は、「留学」が好きなのでしょうか、それも北米志向が極端に強いですね。


困ったことに、中国人も朝鮮人もコンプレックス(劣等感)が強いうえに、身内ですら差別意識が強いです。

それに一役買っているのが日本ですから、歴史は常に少し前の先人の努力を、丁寧に紡ぎ続けているのかも知れません。


その日本人こそ、アジアで最もコンプレックスの薄い国民で、第二次世界大戦と言うのは「連合国」が「枢軸国」を打ち負かした戦いなのに、連合国に負けたなんて少しも思っていない、米国に負かされたと認識しています。

それでも自分から仕掛けて殴り合った挙句に負けたのだから、納得出来る部分が多いのですが、それでも抑え切れない部分が「反米」となって表れます。

「戦争に負けて悔しい、負けた米国に腹が立つ」と素直に言えば良いのに、素直でないから難癖をつけるのですが、それは贅沢と言うものです。

朝鮮人なんて劣等感の塊です。

近代に入るまでは中国人コンプレックス、加えて近代に入った途端日本人コンプレックス、朝鮮戦争で米国コンプレックス、その裏返しの自己顕示欲、歴史は何時か朝鮮半島に鉄槌を下します。

中国は全土が列強による分割、植民地化の一歩手前まで至りましたから、やはり白色人種には叶わないなと言う意識はあると思います。

確かにカナダは少なくとも表面上、白人とそれ以外の人種を差別しないし、人口そのものが少ないですから、纏まって移民してしまえば、それだけで一つの政治的集団になり得ますから、極めて居心地が良いのかも知れません、劣等感の裏返しの優越感も味わえますし。

ただ英国と日本に対する複雑な心理はなかなか解消出来ないでしょうね。

世界一だと言う自惚れを打ち砕いたのが英国ならば、アジア最強の自負すらもぎ取ったの近代日本です。

日清戦争以降、日本には殴られ続け、やっと大人しくなったと思ったら「経済大国」になっていて、心理的に日本を「格上」だとは認めたくないです。(でも「日本製」は特上らしい)

しかも辛いのは、その日本をお手本にしなければ中国の将来はないということ、胡国家主席の苦衷はここにあります。

日本人の悪い点、それは相手の苦悩を察しないことです。

だから英語をやっている暇があったら(実は英語で飯食っているのですが)漢文と世界史を学べと言いたいです。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-02-27 21:39

嘉慶帝 対 支配階級

乾隆帝は支配階級たる(満州貴人を含めた)士大夫階級を「飴」で懐柔することで支持を繋ぐ一方、寵臣の和珅を通じて阿片密売の裏金の一部をピンはねして、己の浪費癖を満たすと共に阿片を配給することで一部支配階級の歓心を買うことに成功しました。

ですがその後継者の嘉慶帝に残されたものと言えば、

「素寒貧の国家財政(宮廷費を含む)」

「阿片まで求める腐敗した(一部)支配層」

「阿片密売で勢力を伸ばしつつある裏社会、或いは非宗族階層」

でした。


とすれば嘉慶帝の政策は自ずから決まってきます、

「緊縮財政」

「阿片密売の摘発」

「裏社会の取り締まり」

これらが全て、宗族階級に不人気であったことは論を俟ちません。

放漫財政からの転換は本来の「飴」の部分を削ることを意味しますし、最も欲しい阿片が入手困難になって値上がりするのは耐えられないですし、阿片を提供して上納金までくれる裏社会の大物を取り締まるなんて言語道断です。

ここから絶対君主と宗族階級の乖離が始まります。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-02-25 22:28

腐敗する士大夫層(宗族階級)

本題に入る前に一言。

朝日新聞が、北朝鮮が核実験に実験した直後に、中国側から「改革開放推進、世襲廃止、核放棄」の要求を突きつけられたと報じていますが、何で朝日は己の愚鈍さ加減を好んで披瀝するのでしょうか。

実験成功直後と言うのは、北朝鮮当局が最も意気軒昂な心理状況にあります。

選りによってそんな時に、急所を衝くとお考えか。


最近、双方の要人、しかも党幹部が相互に訪問し、相手方最高幹部と会談しています。(中国共産党は対外連絡部長、朝鮮労働党は国際部長、共産主義政党で部長の肩書きが付けば立派な重要人物です)

とすれば、上記三カ条の要求を突きつけられたのはごく最近、考えなくとも分かると思います。

「核放棄しない限り永遠に後継者は認めてやらないし、そもそも改革開放の約束はどうした」、中国側の言い分です。

今回の怪(?)情報の出所は北朝鮮、真意は「絶対核兵器は渡さない」、裏付け取って下さい、朝日さん。


乾隆帝の治世を一言で表現すれば、「宗族階級に対する飴のみの政策」です。

異民族王朝である清(大清)としては、明(大明)が崩壊し、その後を襲った時点で2億の民を60万人で治めることになりました。

そして明の滅亡に一役買ったのが、他ならぬ当時の後金です、そう、朝鮮人参で。

全く、中国人と言うのは逸楽に耽ることが大好きな様で、淫乱が嵩じて明滅亡の一因を作るし、今度は阿片に嵌ってしまう。

乾隆帝は阿片も含めて、中国支配階級の欲しい物を全て与えたのだと思います。

前代(雍正帝)の蓄えを食い潰し、己の収入も使い果たし、次代(嘉慶帝)は最初から素寒貧。

でも歴史には良く書いて貰っています、士大夫階級の絶対的支持があるから。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-02-24 21:20

和珅

乾隆帝と言えば和珅、和珅と言えば乾隆帝、何故にこの満州八旗出身の貴人に対する皇帝の寵愛が微動だにすることが無かったのか、この点を解明せねば本当の中国史には迫れません。

嘉慶帝の即位後初仕事が「阿片取り締まり対策」ならば、院政を敷いていた乾隆帝が没して実権を握って最初の仕事が「和珅誅殺(自殺ですが)」でした。

度外れた浪費癖があった乾隆帝の下で、国家歳入の10年分に相当する私財を溜め込んでいたらしいですが、馬鹿も休み休みに言ってくれと申し上げたい、では何故、後継者の嘉慶帝は素寒貧なのか、そもそも浪費家の君主に仕えて、なおかつ国庫の10年分の不正蓄財が可能なのか、事実ならばその時点で黄巣か紅巾級の反乱が起きてもおかしくありません。

要は己の浪費欲を満足させるため、財政の不足分を和珅を通じて補っていた、こう考えるのが妥当で、和珅は裏金のパイプ役、当然のことで「抜いていた」と考えるべきでしょう。

その具体的役割は、今風に言えばマネーロンダリング、何の金かは言わずもがなの阿片の売上。

乾隆帝は何度も中国南部に行幸していますが、その理由は「南部の方が良質の阿片が手に入るから」。

近代の入り口に乾隆帝と言う馬鹿殿様を戴いた中国、これが不幸の始まりでした。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-02-23 23:57

嘉慶帝の苦悶

儒教と言うか、中華民族(とその文化圏)の家族観には、日本人には絶対理解不能な部分がありまして、「小皇帝」が蔓延る現代は兎も角、「子供は絶対に父親の悪口が言えない」ことが定理を越えて公理の、しかもかなり上位に来るのではないかと考えています。

ですから北の将軍様もお父ちゃんの悪口を漏らせない訳で、逆にあの劉備(劉玄徳)が馬車から実子を放り投げた件はお咎め無しです。

日本はこの点でも「落第生」と言うか、漢民族文化圏への出入りが自由だと思っている、蒙古民族と並んで生意気な民族で、親子が事を構えるのは日常茶飯事、そこまで行かなくとも平重盛が父清盛に繰り返し「諫言」しているのは、儒教的感覚から言えば万死に価すべきで、それが事実かどうかは別にして、息子が親父に口答えしても許される文化的土壌が日本にあったと言えます。

その点で言えば、嘉慶帝も心中でしか父親の乾隆帝を罵ることは出来なかったのです。


嘉慶帝が即位した時点で、阿片は既に社会問題と化していました。

ですから即位早々に阿片取締りに取り組むのですが、では何故、乾隆帝は阿片問題に関して手を打たなかったのかと言う疑問が残ります。

おそらく自身も手を染めていたからとも思われますが、経済的理由、有体に言えばその贅沢三昧に理由があります。

乾隆帝の浪費は60年以上に亘って続いた訳で、その時点で清朝の財政は傾いてもおかしくない筈ですが、貧乏で苦しんでいるのは嘉慶帝の方です。

この矛盾を解く鍵を持っているのは、やはり乾隆帝です。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-02-22 22:59

バンクーバー

五輪自身にはそう関心が無いのですが、地元のカナダや隣国の米国は兎も角、中国選手への応援が心なしか多いような気がして、大会と名がつけば地球の裏まで自腹で応援に駆けつける点でも、中国が日本を凌駕したかと最初は勘違いしましたが、そうそう、読者各位にご教示頂いていた、中国人はカナダに移住したがっているんだと思い出して納得しました。

何でカナダなのかは不勉強で知りません。


それからダライ・ラマ14世、米国大統領会談後に「中国批判」演説をぶったそうですが、あの演説、胡錦濤国家主席の意見を代弁している様な内容で、中国の指導部とダライ・ラマ側との間で「刷り合わせ」済みであることが理解出来ます。

では何故、オバマ大統領はこの時期、ダライ・ラマと会談したのでしょうか。

ブッシュ前大統領もダライ・ラマと面談していますが、この時は米中間で「打ち合わせ済み」だったので、北京(胡錦濤政権側)は口先で怒ったただけでした。

今度も北京とオバマの間で密約が成り立っていたと推測しますが、これはオバマ大統領の「親離れ」工作であり、北京からすれば内外の敵を叩く口実を得たことになります。

従って今回は「本気」で怒ります。

でもその報復の標的は「上海」(江沢民一派)と「ゴールドマン・サックス」、決してオバマ大統領とダライ・ラマは傷つけません。

来週は丁々発止の攻防がみられそうです。


「塩と阿片」は来週再開です。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-02-20 20:56

実質税率

遅くとも嘉慶帝が即位した段階で、阿片は少なくとも上流階級の一部に浸透していたことが、阿片禁止令と言う「勅令」が出たことからも推し測ることができます。

父親の乾隆帝が阿片に手を染めていようがいまいが、その在位中から阿片が蔓延しつつあるのに放置していた罪は大きいです。


では嘉慶帝が禁止令を発布する以前の、「初期」の阿片の提供者はと言えば、これは裏社会しかありません。

そしてその入手経路は、海外との密貿易か、国内で官吏の目の届かない(或いは黙認してくれる)地域、特に内陸部の異民族居住地だと思われます。

とすれば裏社会は「闇塩」に続いてご禁制の阿片も商売道具として手に入れたことになります。

しかもその裏社会と繋がっていたのが、地方豪族つまり現地大地主、有体に言えば宗族階級(士大夫層)で、例えば明(大明)の時代、後期倭寇と言う名の東アジア国際海上密貿易を駆逐した役人は、その出資者で討伐によって既得権益を奪われた現地地主層の運動で、功績を挙げたにもかかわらず朝廷ら死を賜っています。

ただ通常の密貿易の場合、士大夫階級更が最も潤いますが、阿片の密売は収入もあるかも痴れませんが、薬物中毒になる訳ですから、出費が嵩むことになります。

となると被支配階級の負担は、

「通常の税金(直接税)」+「塩税(及び茶税)」+「宗族階級が胥吏を介して徴収する私的税金」

これに「阿片の代金」が新たに乗っかりました。

しかも阿片によって裏社会は潤いますが、支配階級は赤字或いは出超になるとみるのが妥当と思われます。(全てを下々に転嫁することは不可能です)

ここに「裏社会の勃興、宗族の没落」が始まりました。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-02-19 22:47

補助線

乾隆帝が如何に無能で無気力なのか、簡単な年表を作ってみました。



1793年 英国使節マカートニー来清

1795年 乾隆帝退位(但し実権は掌握、実質的院政)

1796年 清朝(大清)が初めて阿片禁止令を発布(嘉慶帝)

1799年 やっと乾隆帝があの世行き

1816年 英国使節アマースト来清

1840年 阿片戦争

1850年 太平天国の乱


これをみると、嘉慶帝が真先に手をつけたのが、阿片対策だったことが分かります。

つまりそれだけ阿片が清朝とりわけ上層階級に、乾隆帝の治世末期には浸透していたと解釈出来ます。

では何故、「名君」である筈の乾隆帝が阿片の取締りに乗り出さなかったのか、本人が「やってた」からではないでしょうか。

ですから「三跪九叩頭の礼」が問題になってくるのです。

乾隆帝の見解「気持ち良くなる物を持ち込んでくれたので、少しは相手の面子も立ててやるか」

嘉慶帝の見解「阿片を持ち込むことを企む、或いは既に持ち込んでいる英国は断じて許せない。全面的に屈服し、清朝に従属して阿片の件を謝罪し悔い改めた場合のみ許す」

果たしてどちらが「名君」でしょうか。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-02-18 23:27

またしても少し寄り道

「塩と阿片」にたどり着くには、中国歴代馬鹿天子は誰か、これを一度検討してみる必要があります。

その前に「春秋(左氏伝)」を読む限り、中国には皇帝や王侯に対する贈名の付け方にはある一定の法則がありました、本来「武帝(正確には孝武帝)」の「武」はそんなに悪くない意味なのですが、「恒」と共に、何時の間にか「三度の飯より戦争が好きな戦馬鹿、民政には興味なし」と言う意味を含むようになりました。

また「哀」は子供が無いこと、つまりお家断絶で、「霊」は無念の死を遂げます。

ですから、日本の歴代天皇についても、その点の予備知識がないと、何でこんな贈名になったのか、分からなくなります。

例えば桓武天皇、「桓武」と言う言葉に当時の世論が集約されています。

在位を通して蝦夷との戦争は止めないですし、しかも二度に亘って遷都しています。(長岡京、平安京)

しかも明治維新以降は自動的に「年号=贈名」になりますから、代替わりの際に余程気をつける必要があります。

平成と言う年号の生みの親は、安岡某と言う自称「陽明学者」らしいですが、「平」をみれば中国人はまず「平王」思い出します。

典籍に通じていると誇る輩ほど、基本的常識が身についていない格好の例です。


話戻って、歴代統一王朝の馬鹿天子を挙げますと、まずは「北宋以前」では始皇帝の馬鹿息子がいますが、これは趙高の凄惨なまでの人生を語る必要がありますので、暫時保留にします。

前漢では勿論、武帝。

後漢は小粒過ぎて該当者なし。

西晋は初代武帝、二代目の息子が八王の乱を引き起こしたのは事実ですが、政治より女が好きで(水商売で盛り塩する様になったのは、このオヤジのおかげ)、後継者を育成出来なかった摘みは思いです。

司馬仲達を輩出した家も、孫の武帝の代になると馬鹿になっています。

隋は煬帝を挙げる気にもなりませんし、唐は嫁さん(則天武后)に国を乗っ取られたのですから高宗でしょうか。


「北宋以降」では、まず徽宗に優る馬鹿は見つけにくいです。

南宋も小粒で候補者なし、強いて言えば「理宗」でしょうか。

元(大元)はそもそも華人に対して全く劣等感を持っていないですし、己の統治手法に満々たる自信を持っていますから、馬鹿天子かどうかの議論の対象外になってしまいます。

明(大明)は万暦帝で決まり、正確が陰性、個人的に大嫌いです。

そしてやっとたどり着きましたが、清(大清)は乾隆帝、馬鹿で怠け者を権力の頂点に長期に亘って戴くと、後世はどの様な「歴史のしっぺ返し」を喰らうか、阿片も乾隆帝を絡めて考えねばなりません。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-02-18 11:46

フランス革命と塩

フランスでも塩税はありまして、それも国民の怨嗟の的であったらしく、フランス革命の際に廃止されています。

中国が正式に塩税(塩専売制度)を廃止したのか、今でも桁違いの税率が存在するのか、不勉強で存じ上げませんが、ただ一つ言えるのは、軍事国家から財政国家に変身した、唐王朝後期を支えたのは、間違いなく塩と茶の専売制度による歳入であり、この制度は主変われど継続しました。

この事実は、塩税は王朝を支えるための格好の道具であっただけでなく、北宋やその後の王朝においては、それを消化してなおかつ世代を経るに連れて、経済の拡大再生産が可能であったことを物語っていて、当時の中国の経済力の強さが伺えます。

つまり「北宋以降」の中国民衆は、

「本来の税金」+「塩税(茶税)」+「宗族階級(=高級官僚、士大夫階級)が胥吏を通じて徴収する私的税金」

をこなして、なおかつ拡大再生産の余力を残していたことになります。

但し、これは負担項目がこれ以上に増えない範囲において可能なことで、換言すれば「拡大再生産可能なギリギリの水準」まで達していたことになります。

仮に阿片が国民全体に広がったり、繰り返し巨額の賠償金を列強に支払ったり、銅銀の交換比率の変動で租税が実質的に倍になったり、全土に列強の租借地が建設され、そこが収奪と搾取の拠点となった場合、勿論戦費も臨時出費です。

鍵は「馬鹿天子」にありそうです。

それにしても、こうして振り返ってみると、王安石の改革が失敗に終わったことが何よりも悔やまれます、他人事ならぬ他国事ながら。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-02-16 21:49