現代中国考


現代中国に独自の観点から考察を加えます
by 4kokintou
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仕掛ける北京

胡錦濤国家主席がG20サミットから帰国するや否や、早速上海市場は株価指数が4%を超える下落、これは米国側(オバマ大統領)と話をつけた上でのことでしょう。


最近の上海(江沢民一派)は踏んだり蹴ったりで、しかも一方で消耗戦を強いられている点が痛いです。

上海万博、このままでは入場者数で大阪に及びそうにないと分かると、動員の大号令がかかっていますが、その出費を誰が負担するかと言えば、地方分権色が濃い中国では上海市当局がその相当部分を引き受けることになります。

上海万博に対する北京(胡錦濤政権側)の冷ややかな態度を見る限り、大号令だけ発しておいて上海には出費を無理強いしていることも考えられます。

それにしても、この大事な時に面子を立てるためだけに無駄な出費を余儀なくされている上海、幾ら北京が切れ者揃いとはいえ、対策や予防策、或いは善後策を講じるだけの人材がいないのかと思うと、他人事ながら情けなくなります。


「上海後」のことを考えますと、遠くない将来、上海株式市場の没落と共に渤海総合金融市場構想が浮上してきますが、上海市場との最大の違い、或いはニューヨーク市場との最大の相違点は、「日本企業最優先」です。

上海株式市場に上場している日本企業は皆無ですし、日本企業(或いは国内投資家)にとってニューヨークが縁遠いのは大きな時差が存在するためです。

渤海市場の最大の利点は東京との時差が小さいこと、つまり日中同時に市場が開いている時間帯が存在することです。

ですからトヨタが両市場に上場していたら、日本人投資家が渤海市場でトヨタ株を売買出来ますし、逆も有り得る訳です。

「日本にのめり込ませる」、戦略的互恵関係の真髄を一言で言い表せば、これに尽きます。

昨今、中国資本や金持ちが日本の温泉から湧き水まで買い占めているらしいですが、今の北京はこんな「上海的」なやり方を好みません。

日本と日本人と言う格好の手本があるのであれば、それを手本に中国人が「日本化」すれば良い、飲料水も休憩施設も中国人の手で作ればよい、これが北京の基本思想です。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-06-29 22:07

役者が違う

やっぱり外交は何にも分かっていないです、菅直人総理。

http://japanese.beijingreview.com.cn/zxnew/txt/2010-06/28/content_281550.htm
胡錦濤主席が菅直人首相と会談、5つの提言


本題に入る前に一つご指摘申し上げますと、胡錦濤氏の肩書の使い分けは、極めて厳格だと思われます。

この記事では「(国家)主席」となっていますが、多くの場合「総書記」が用いられていて、面子=肩書に神経質な中国人が、この使い分けを誤る筈が無く、総書記を使うにはそれなりの明確な基準が存在すると推測されます。

今回の報道によれば、胡錦濤主席が言及し、菅直人首相は触れなかった言葉が、あの「戦略的互恵関係」。

胡国家主席が言いたかったのは、「日本の対中外交を、あの古き良き福田康夫政権時代に戻せ」、これに尽きる訳ですが、菅総理が外交音痴であろうがなかろうが、それは出来ない相談で、そもそも戦略的互恵関係を復活出来るだけの絆も何もありません。

それでも国家主席殿が取り上げたのは、「戦略的互恵関係を台無しにしたお前達は許さない」との意を含ませるためで、面と向かった宣戦布告と言えましょう。

民主党政権では、総理が誰であれ、「戦略的互恵関係」の代案を提示出来ません。

地獄の底まで追い詰める、中国側現政権の決意を読み取ることは無理と思われます。

それにしても、胡錦濤と言う人材を得て表舞台に出すのに、中国はどれだけの時間と犠牲を必要としたのか、そのことを中国人自身が承知していない現状が悲しいです。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-06-28 23:37

「もしも」は厳禁だけれども

清朝(=大清)のみならず中国史上、最も繁栄した治世はと問われれば、乾隆帝の前半をその候補に挙げることにためらいを覚える読者は少ないと思われます。

ただ「前半」と限定せざるを得なかったのは、乾隆帝の統治期間が「院政の4年間」を除いても60年に達し、30年で世代交代(=代替わり)するのであれば、先帝雍正帝の反官僚(=士大夫層・宗族階級)的、そして法家的緊縮財政の影響は、乾隆帝治世の前半で消滅している筈です。

しかも治世後半の何処かの時点で、本人が愛飲したからでしょうが、阿片の喫煙を事実上黙認し、支配階級の堕落を招いたのですから、この60年間で清朝の内実は全くの別物に成り果てました。


これ以降、坂道を転げるかの如く大国の座から滑り落ちた清朝ですが、それでも「無いよりは遥かにまし」でした。

最悪の統一国家は最良の国家分裂(群雄割拠)に優るのです。

中国の場合、袁世凱が死去した1916年以降、清朝滅亡以前が天国に思えるほどの最悪期を迎えます。

この時期、地方を含めると無数の軍閥が湧き出て縄張り争いを始めるのですが、軍閥とは簡単に言えば戦争機関で、その存在意義は闘うことにあり、民政など全く顧慮しません。

この時期の「軍閥と裏社会の台頭」が、巡り巡って毛沢東と蒋介石を歴史の舞台に引き上げます。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-06-25 20:42

行列 in 上海

中国に日本の「お花見」に似た習慣があるか存じ上げませんが、仮にあったとすれば、「場所取り」は想像を絶する、壮絶なものになっていると思われます。

産経新聞に、上海万博を訪れた日本人観光客の話が掲載されていましたが、それによると日本館に行列が出来ているのは仕方ないとしても、その並び方が異なっているそうです。

中国人は行列を作る時、まさに蟻の這い出る隙間もない程、間隔を詰めて並んでいます。

横から割り込む連中が居るからで、お蔭で行列のあちらこちらで割り込んだ側と割り込まれた側で口論が起きているらしいです。

日本人は大阪人を除いて行列が得意(?!)ですが、最近の躾がなっていない若者も含めて行列が出来ると言うのは一種の奇跡で、やはり日本は「軍事演習国家」だなと言わざるを得ません。

世界基準で言えば、行列が下手な方が当たり前で、それが出来るのは軍隊在籍者と経験者だけで、「民間人」は行列も行進も慣れていません。

徳川家康による元和偃武は、「その時点で武器を持つ手をピタリと止めろ」と言う命令で、武器の保有及び認められた使用(斬り捨て御免)は許されました。

ですから戦国時代を凍結した状態がすなわち江戸時代であり、世界的にも珍しい「士農工商」(上は天皇及び公家、寺社、下は被差別階級が抜けていますが)と言う社会体制、つまり「農」が上から数えて二番目と言う、日本史はおろか東洋史、西洋史、或いはそれ以外の歴史に存在しない社会構造と共に、他に類を見ない体制を構築しました。

つまり近代日本は「冷凍保存された戦国人」を解凍し、そこに国家主義、国民主義を移植することから始まったとも言えます。

日本は中国の鏡、中国は日本の鑑、どちらもお互いを軽んじてはいないでしょうか。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-06-24 21:57

軍閥

中華民国の誕生は1912年と言うことになっていますが、兎に角、蒋介石が出てくるまで、中国に曲がりなりにも統一政権は存在しません。

1916年に死亡した袁世凱と(孫文に代表される)反対派との暗闘は、何も生みませんでした。

帝政を否定するのは勝手ですが、それが当時の中国世論の総意かと言えば、そんなことはありません。


まだ袁世凱存命中の中国は、まだ奈落の一歩手前にいました。

北洋軍閥を束ねていたからです。

一方に袁世凱、対するは孫文、最悪の組み合わせですが、興味深い点もあります。

孫文は客家出身、当然のことながら宗族階級に属していません。

袁世凱は宗族でも名家の出身ですが、科挙に二度落ちただけで諦めて李鴻章の幕僚になっています。

つまり北洋軍閥に「就職」した訳で、この人物、宗族階級であって宗族階級でない二面性を持っています。


清朝(大清)滅亡時、宗族階級は茫然自失だったのかも知れません。

その直前に科挙が廃止され、加えて連年の失政で士大夫層と言っても経済的打撃に無縁ではありません。

名誉の象徴で富の源泉である科挙が無くなり、と言って絶対君主制を表看板にした「宗族主権」王朝を作り続けてきた彼らにとって、それ以外の政治的枠組みを作ることは不可能です。

しかも清朝滅亡の遠因は、安楽に耽って阿片に手を出した士大夫層の堕落にあり、阿片を駆逐しようとする正義派皇帝と一種の敵対関係を構築してしまった点にあります。


辛亥革命、それは次の受け皿なき史上最悪の革命です。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-06-24 01:53

嘉慶帝以降

昨日(6月20日)の「大予言」は今のところ大外れ、笑ってお許し下さい。


清朝(大清)の乾隆帝以降の歴代皇帝を在位年数と共に列挙すると、

乾隆帝(1735年~1795年、但し死去する1799年まで実権を掌握):
本人も阿片を愛飲し、周囲の喫煙も黙認して清朝のみならず中国没落の墓穴を掘った張本人と言うのが、小誌見解

嘉慶帝(1796年~1820年):
反阿片派として尽力するが、支配階級への浸透は止められず、阿片の国内栽培及び密輸は益々増加、その出費は結局、増税と言う形で国民に負担を強いる羽目に。

道光帝(1821年~1850年):
1840年の阿片戦争で巨額の戦費を強いられた挙句、42年の南京条約で膨大な賠償金と開港(広州、福州、アモイ、寧波、そして上海)、そして自由貿易を強請されたため、一時的にせよ戦費と賠償金、半恒久的には貿易赤字が国民への新たな負担に。
(それにしてもこの時点で香港を割譲させ、上海を自由貿易港に指定した大英帝国の強かさには舌を巻かざるを得ません)

咸豊帝(1851年~1861年):
中国では先帝が没しても元号は年内一杯そのまま使用する。
太平天国の乱が勃発したのは、道光帝が死去して元号が改まらない1850年12月。
太平天国の乱を鎮圧出来たのは1864年、つまり在位期間中を通じて内戦状態にあり、加えてアロー戦争(1858年)の戦費、(天津条約及び)北京条約での賠償金、指定自由貿易港の数の増加など、戦費と賠償金、貿易赤字が一変に降りかかってきた時代。

同治帝(1862年~1875年):
太平天国の乱が集結、それは好材料で、後の洋務運動の原資もこれによって捻出できたと思われる。
先帝の治世と比べれば国民の負担が少し緩和されたのが理解出来る。

光緒帝(1876年~1908年):
先帝もこの皇帝も「西太后の時代」なのだが、清仏戦争で善戦したがそれだけの話で、むしろ当時の列強フランスと互角以上の戦いを演じたことで政局が弛緩し、海軍の増強費用を頤和園の造営に流用するなど、絶対にやってはならないことを断行、挙句に軍事面で追いついた日本に敗れ、「眠れる獅子=張出大関」から一挙に幕内にまで転げ落ち、「眠れる豚」と認識した列強が一斉に蚕食を始める。
更に義和団の乱で反乱軍を応援すると言う愚挙を演じ、賠償金を搾り取られた挙句に列強の更なる搾取を許す羽目に。
1905年に科挙を廃止することで、まだ支配者層として存在していた宗族階級と決別、これが最後の一撃となる。

宣統帝(1909年~1912年):
ご存知ラスト・エンペラー、満州国皇帝。
この人物がどうのこうのと言うより、受け皿を考えずに有史以来の大変革(帝政→共和制)が出来ると考えた孫文と中国知識人の見識を疑いたい。

1912年の辛亥革命がもたらしたもの、それは軍閥による群雄割拠と際限のない混乱、苛政でした。

毛沢東と蒋介石、或いは劉少奇は、この軍閥の時代を踏まえずして考えるべきではありません。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-06-21 23:51

その手があったか!

またしても誰も身動きが取れない週末に奇襲攻撃を敢行しました、胡錦濤政権。

それにしても胡錦濤主席とその周辺には、切れ者が集っています。

サッカー世界大会の最中に何か仕掛けると思っていましたが、人民元相場を材料にするとは、てっきり金融政策のもう一段の引き締めだと読み違えていました。

発表内容が曖昧な所が味噌で、市場参加者に解釈を強要しているのです、「今後は人民元の大幅切上げも有り得るぞ」と。

市場関係者が勝手に勘繰って、市場が自然に崩壊していくのを眺めていれば良いのですから、北京(胡錦濤政権)も強かで狡猾とさえ言えます。

同時に上海市場に拠る江沢民一派を初めとする反中央勢力は断崖絶壁に立たされた想いでしょう。

上海万博の跡地には高級マンションが立ち並ぶ予定でしたが、それは夢のまた夢、取らぬ狸の何とやらを決め込んでいたお偉いさん達の手元には借金だけが残ります。

渤海に面する各省の中国人と友人になるのが賢明かも知れません、因みに同じ建物に引っ越してきた留学生は遼寧省出身です。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-06-20 23:43

米中接近

上海(江沢民一派)を初めとする反対派を「粛清」して地歩を固めたい胡錦濤政権と、後見人である「ごーるどまん・さっくす」に梯子を外される前に、政治生命の延命に躍起のオバマ大統領との間に、取引が成立したか、成立しつつある模様です。


http://j.peopledaily.com.cn/94475/7022987.html
原油事故に成都市民が提案、オバマ大統領がお礼の返信


こんなもの、偶然でも何でも無いのは先刻ご承知の通り、言葉は悪いが「やらせ」です。

問題なのは何故両国が「やらせ」をこの時期にしたのか、成都市民が何故選ばれたのか、この点に関心が集まります。


実はオバマ大統領、「成都の李さん」と結構繋がりがあります。


http://jp.showchina.org/03/02/200812/t249295.htm
成都市の高校生がオバマ氏の就任式に参加


就任式に出席したのは李紫子さんで、中国人で名前に「子」がつく女性は珍しいのではないか、春秋時代の宋の一族の末裔かと訝っていましたところ、「日本生まれの日本育ちの日本国籍」だそうで、母親が成都出身、そして本人はその時点で生徒に留学しています。

専門家からみれば、「成都の李さん」は偶然になるのでしょうか。

ついでに言えば、成都が存在するのは四川省、四川省名物はパンダとチベット人です。

BPの事故も深刻ですが、それにかこつけて「日本」問題で瀬踏みし合う、「大人の政治」ですね、菅直人内閣も長持ちしますまいと言うのが、現段階の結論です。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-06-17 22:31

福田と鳩山

福田康夫元総理は一介の衆議院議員になっても、その目的の如何にかかわらず、訪中すれば必ず胡錦濤国家主席が面談に時間を割いています。

さて、米中を振り回し、面子を潰しておいて、その意識すらない鳩山前総理、上海万博に行ったは良いが会ってくれた政府要人はと言うと、

http://j.people.com.cn/94474/7025164.html
劉延東国務委員、鳩山由紀夫前首相と面会

劉延東って誰、ということで調べてみますと、女性で党中央政治局員、中国共産主義青年団(共青団)の中央書記処書記を長年務めんだから馬鹿ではありませんが、「上海への死角」として現地に派遣された時は、国家主席殿のお眼鏡に適う活躍は出来なかったらしく、その後の出世は遅い印象を受けます。

会談で同国務委員は「両国戦略互恵関係の発展レベルを絶えず向上させていきたい」と言っていますが、最早用済みの、しかも「戦略的互恵関係」の言葉の意味すら分からないで生涯を終えるであろう馬鹿宰相に向かって言う言葉ではありません。

と言って菅首相への意思表示かと言えば、肯定しづらいです。

結局は「戦略的互恵関係を再構築出来る人物を出せ、お前達はさっさと視界から消えろ」と遠回しに言っているに過ぎないのではないでしょうか。


渤海総合市場構想の具体化、そして上海市場の事実上の「閉鎖」は、既に中央政府の政治的日程に入っているのではないかと思わせるのが、この記事です。

http://japanese.beijingreview.com.cn/jj/txt/2010-06/10/content_278669.htm
中国、株価指数先物の過度な取引防止を計画

先物(信用)取引を規制されれば、その市場は完全に衰微します。

上海では規制し、渤海では制度を「完備」させる、胡国家主席とその周辺の魂胆は誰の目にも明らかです。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-06-16 23:57

虫が良すぎる

菅首相も、外務大臣を称する岡田克也氏も、在野時代にあれだけ米国を難詰し、江沢民的中国に中国を無邪気に賞賛し屈し続けてきた連中ですから、今更「対米、対中関係の重要性」を謳っても誰が信用しますか。

そもそも外交は相手の意思次第の側面もあります。

こっちが仲良くしようと言ったって、相手にその気がなければ駄目なことすら分かっていない内閣です。

中国が必死に仲良くしようとしても、その願いを蹴飛ばして「侵略」を続けた国もあったんですから、大日本帝国と言います。

そもそも米中から関係修復の言質が取れているのか、あれ程両大国を激怒させた鳩山前政権の主要閣僚であったご自分達の経歴すら忘却していては、相手にして貰えません。

参議院選挙まで、両国がどんな「仕掛け」をしてくるのか、「楽しみ」です。


サッカーの試合を観戦していて、気になっているのが「百威」(読み間違えでなければ)の看板です。

「百度」は名前だけでも知っていますが、「百威」は不明ながら初めてお目にかかります。


中国のアフリカ進出には目覚しいものがありますが、此処は華僑ならぬ印僑の金城湯池、ですから中印角逐の場であり、同時に中印関係の波乱要因でもあります。

特に中国側が相手国政権の中枢に働きかけたのに対し、印僑は歴史的構図から中間搾取の立場にありました。


いつも思うのですが、両国にとって日本ほど仲介役に打って付けの存在はありません。

しかも、例えば「三国相互不可侵条約」そして「三国共通市場構想」を提唱すれば、それに30億近い人口が該当することになります、たった三国で。

無理すれば剥がせないことはないが、無理して剥がすと大怪我をする接着剤、それが日本に期待されているのです。

(続く)
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by 4kokintou | 2010-06-15 22:33