現代中国考


現代中国に独自の観点から考察を加えます
by 4kokintou
お気に入りブログ
真説「春秋」
真説「論語」
真説「孔子」
現代の超克
記事ランキング
以前の記事
その他のジャンル

<   2010年 11月 ( 17 )   > この月の画像一覧


執拗に大英帝国

下記資料を参考に話を進めています。


http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/zatsu/sokai.html
租借地と租界


これを観る限り、租借地及び租界の接収(回収)には第一波と第二波があって、前者の主役は蒋介石で、北伐の真の目的の一つが租界と租借地の回収にあったことは明らかで、換言すればその両方を中国から根絶しない限り、国内外の世論が中国の再統一を認めなかったと思われます。

とすると蒋介石は北伐によって全列強を敵に回したことになりますが、とすれば蒋介石の最大の難関は大英帝国、大英帝国にとって蒋介石は誠に好ましからざる人物です。

次の主役は大(?)日本帝国で、日中戦争(日華事変)の過程で蒋介石を追い詰めながら、当初は主要都市を占領しても租界及び租借地を己の物とせず、太平洋戦争(対英宣戦布告)以降に汪兆銘政権を通じて、上海を含めたそれらを回収させています。

日本の敗戦により中国でも汪兆銘政権が瓦解して、その支配地域は蒋介石の隷下に入り、その時点で日本の租界、租借地も回収しましたが、日本の「占領下」にあった香港だけは、条約を楯に取り返すのですから大英帝国も相当に粘着質です。


それにしても中国に関しては、戦前と戦後で英国の立場が著しく弱体化しているのが理解出来ます。

そしてその原因の作ったのは蒋介石であり、旧日本帝国陸海軍なのです。

ですから大英帝国にとっては蒋介石と「ヒロヒト」は赦されざる敵なのです。


太平洋戦争の敗北は中国全土を一種の「権力の真空地帯」にしました。

大英帝国が打撃を蒙り、日本が退場し、スターリン率いるソ連はまだ積極的に共産主義を輸出するには国力を使い切った直後で不可能、余力を残している米国は、不思議なことに戦争中も朝鮮半島や満州帝国、そして中国本土に手を出さず、戦後も「主犯」の日本は占領下に置きましたがあくまで民政を敷いたのに対し、朝鮮半島南半分には軍政を敷き、中国には兵を進めませんでした。

こういった状況下で国民党と中国共産党は対峙したのです。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2010-11-26 23:05

大英帝国再考

前回、中東及び欧州での大英帝国の第二次世界大戦前後における「存在感」に言及しましたが、アジア特に中国では事情が少し異なります。

やはりここでは日本(軍)の存在、精強無敵を誇る大英帝国を初めとする列強各国の軍隊を蹴散らした日本陸海軍の活躍が植民地住民を刺激したのは確かで、当時のビルマから東で大英帝国が維持出来たのは、上海は少し事情が異なりますのでここでは措きますが、皆無と言えます。

インドについては、やはりインパール作戦の影響が甚大で、大英帝国領インドに進軍して英国軍を撃破し、その領地(コヒマ)を占領した現実をインド人が目撃した点で、作戦の拙劣さや無謀さが日本軍に与えた計り知れない悪影響とは裏腹に、現代世界史を書き換えるだけの衝撃を与えたと言えます。


日中戦争(日華事変)が始まるまでのアジア地域において、ここでも大英帝国の存在感は飛び抜けていて、中国の場合でも北は威海衛から南は香港に至るまで、英国紳士が肩で風を切らない場所はなかったでしょうが、殊に勢力圏とされる長江流域は中国でも特に美味な地域、言い換えれば「収奪し甲斐のある場所」で、中印を縄張りとしていた大英帝国の国力たるや、経済力で米国に後塵を拝したからと言って、単純に比較出来るものではありません。

ただ、インドではガンディーが非暴力不服従と言う「可愛らしい」闘争を繰り広げていたのに対し、東アジアでは目的こそ違え、帝国に腕力で対抗しようとする勢力が二つ存在しました。

蒋介石と日本(=関東軍)です。

そして闘争形態は租界や租借地の接収(回収)と言う形を取ります。

因みに中国共産党が直接取り戻した租界、租借地は皆無です。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2010-11-26 00:59

眠れぬ夜の雑感 ~不眠症闘病(?)記~

今回の北朝鮮による砲撃の件ですが、南朝鮮(=韓国)と米国の間には安全保障条約が締結されていますから、今回の攻撃を以って侵略行為と断定し、在韓米軍が報復攻撃の態勢に入っていて然るべきですが、緊張感が伝わってきません。

同盟国が(軍事を含めた)政治行動に出る際は、必ず盟主国の了解を得てから動くのが鉄則であると言うのが小誌の持論ですが、北朝鮮の盟主国は表向き中国、でも現実には犬猿の仲で、今回の一連の行動は中国に向けての威嚇行為の側面も否めません。

と言って中国からすれば、同盟国が「米帝の傀儡」に攻撃を仕掛けたからと言って軍事介入する訳にも行かず、換言すれば北朝鮮にしてみれば中朝国境は安泰です。

ですからこの場合、変則的ですが「相手の親分」と話をつければ良く、オバマ政権乃至同政権に強い影響力を持つ集団と、事前に打ち合わせていれば済む話です。

前回にも申しました通り、「若殿の初陣の手柄」」を立てるための軍事行動ですから、米国の対北宥和路線を台無しにしない程度で矛を収める必要があります。


話変わって「豚一」。

歴史に「太閤」多数あれど、豊臣秀吉以外の人物を想起する者は稀で、同様に「黄門」(=中納言)は水戸光圀(徳川光圀)、では「豚一」はと言えば、徳川斉昭(通称「烈公」)の息子にして最後の将軍、徳川慶喜のことです。

この親子、父親は将軍家斉の下を一字を、息子も同家慶の下の一字を貰っているのですから、上下関係は自ずと明らかなのですが、やることが無茶苦茶で、父親の方は一説には大奥に夜這いをかけただけでなく、水戸藩上屋敷に挨拶に来た大奥の使者に劣情を催しそのまま手篭めにしたと言う、臣従を受け入れた親藩の当主としてはあるまじき行動に出ています。

息子はと言えば、好物が豚と言う、仏教の教えがまだ浸透していた当時の感覚からすれば許せざるもので、確かに江戸時代、彦根藩の近江牛が献上されていましたし、民間でも「ももんじ」として牛肉は食されていましたが、好んで豚を食う要人は汚らわしいことこの上なく、来日した外人の顔が動物に描かれていた当時、常時肉食をする人間は紅毛南蛮の輩と同じで、それでいて親父はお咎めなし、しかも攘夷を唱えていたと言うのだから開いた口が塞がりません。

真っ当な神経をしていれば、大老井伊直弼が安政の大獄でこの親子を処分しましたが、当たり前の話で幾ら何でも放置すれば「示しが付かない」のです。

ですから桜田門外の変は、逆恨み以外の何でもなく、むしろ長州あたりに水戸が利用された節があります。


そこで「豚一」ですが、豚は兎も角、一は「一橋」の「一」、これも実質的な固有名詞の別称ですが、名付けたのは当然大奥、とすれば「豚一」は江戸では誰でも知っている言葉で、また大奥は上は諸侯から下は町方にまで繋がっているので、大奥が慶喜の将軍就任断固反対で結束しているから紀州派が14代を取り、慶喜は征夷大将軍にあっても京や大阪で逗留していたのは、「豚一絶対反対」で一致団結する江戸城(大奥)には入れないと言うのが真相だったと思われます。


「豚一」の件を長々とご説明したのは、時代と共に風化して然るべき歴史用語でも捨て難いものがあり、言葉が出来る背景には当時の慣習、宗教的発想、ひいては政治経済情勢も関係している場合が皆無ではありません。

そして中国に話を戻しますと、特に日本人が今でも勘違いしているのが大英帝国の存在感であり、毛沢東の「実像」(これは中国人も勘違いしています)であり、国共内戦の実状です。

今回は今後の補助線として、または「義(兄弟)」へたどり着くための試論として認めてみました。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2010-11-24 06:27

復活。感謝、そして承前

お便りあらためて深謝、それにして習近平「皇太子」に象徴される「親の威を借る馬鹿息子」が跳梁跋扈し、結局、文化大革命を含めた共産主義革命の「成果」とは何ぞやと問われれば、没落した旧宗族階級に成り代わって、中国共産党の威を借る「成金型」新宗族が勃興しただけではないか、そんな印象さえ受けます。

習近平氏の「皇太子」襲名により、同氏を頂点とする「利己的享楽維持派」は勢いづいた感があり、本人も調子に乗ってシンガポールを起点に南アフリカ諸国(南亜、ボツアナ、アンゴラ)を訪問(今月14日~24日)、シンガポールで李一族とじっくり懇談のうえ、南アフリカ地方の自派の利権再確認に向かったのでしょう。

しかし「皇太子」殿も己を取り巻く外部環境が読めてないです、某国(亡国?)の現総理大臣のどら息子並みですね、もっとも、そのご子息が「俺は菅直卜(「ト」ではありません、あくまで「卜(ぼく)」です)の息子だぞ」と言っても、親子揃ってブタ箱行きですが。

胡錦濤国家主席の下に結集した旧宗族派が黙っていません。

必ず「皇太子」殿の身辺を洗い直しています筈で、追い風が吹けば絶対に身辺調査の結果を露見させます。

ですから今は「身を固める」時期なのに、もう皇帝に即位したつもりでいますが、皇帝と皇太子は違います、前者は後者を「廃嫡」することが出来ます。

今からでも遅くないですから中国史を勉強なさい、「廃太子」が如何に多いことか。

お知らせ頂いた「李剛」の件は小誌としてもがっかりですが、「明治維新型革命は少なくとも一世代を要する」と考え、ベクトルが正しい方向に向いているか、その点に留意したいと思います。


北朝鮮が暴れていますが、別に驚くほどのこともありません。

まず同行を訪問し「工場見学」をさせて貰い、帰国後に報告書を提出した米国人の「おっさん」に質問したい、ウラン濃縮炉が「千基以上あった(北朝鮮の説明では二千基)」と言うが、「おっさん」、ダミー(偽物)を見分けながらどうやってウラン濃縮炉を千基も数えられたんですか。

仮に真贋の見分け方をご教示頂いても、小誌はそんな工場見学、真っ平御免、「おっさん」と同じ滞在時間で判別しながら千以上のウラン濃縮炉を数えたら、過労で死んでしまいます。

そもそも現地にウランが存在したら、そして稼動しているかどうかは別として濃縮炉にそれがあったら被爆します、そんな所へ入っていったのですが、「おっさん」。


砲撃で南朝鮮軍(=韓国軍)に死傷者が出た模様ですが、一報を耳にした瞬間に浮かんだ言葉が「箔を付ける」でした。

日本でも動乱の時代、「元服」した若殿の初仕事は「手柄を立てること」で、その初陣は大抵、小規模な戦を仕掛けて若干の首級を挙げることでした。

将軍様の三男で先々代から数えて三代目の「お坊ちゃま」、国内外で全く功績もありませんし、将軍様の場合と異なり、代替わりに充分な時間が持てない状況下にあります。

つまり国家を統べるにあたり、その根拠が無いのでは困る訳で、幸い長年に亘って軍に属していたので、ここらで一発、手柄を立てさせようと言う「親心(ずいぶん物騒ですが)」です。


でも北京は今回の代替わりを認めない、胡錦濤国家主席率いる現政権にとって、三男は「赤の他人」です。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2010-11-23 23:04

大英帝国と中国共産党

「後生畏るべし」とは論語に出て来る一節ですが、後の時代の人間が過去に関して「恐るべき」勘違いをしている場合が多々あります。

例えば「分かりやすく国際情勢を解説してくれるおじさん」がテレビで持て囃されているそうですが、このおじさんが「第一次中東戦争すなわちイスラエル独立時点から、常に米国が関与している」との暴言を吐いているのを観掛けました。

暴論も甚だしく、第一次中東戦争の時、つまり新生イスラエルの危急存亡の時ですら、それまでに在庫処分に困っていた武器と武器製造装置の買い付けを黙認したに過ぎず、第四次中東戦争(これは日本独特の数え方で、欧米では第三次の後の継続戦争を第四次とし、ヨム・キップルは第五次に数えます)でゴルダ・メイヤーが米国に軍需物資の援助を依頼した以外、米国は事前に戦役の承認は与えることがあっても、軍事的に手を出したことはありません。

第一次中東戦争はアラブ、イスラエル双方とも開戦の日時まで早くから了解していました。

何故なら英国軍の撤退が完了するのがその前日で、「下手に鉄砲をぶっ放して英国兵を死傷させたら、何もかも台無しになる」程度の認識がアラブ側にも浸透していたのです。

つまり「中東を仕切っているのは大英帝国」と言う見方は中東社会の総意で、その英国軍が後のイスラエルとその周辺地域から撤退したことは、英国がアラブ側に対し、「パレスチナを含めたこの地域は、アラブ世界が煮るなり焼くなりしても構わない、但し大英帝国の了解の下で」と解釈されても仕方のない行動でした。

換言すれば、イスラエルが生き延びたことは大英帝国にしてもアラブ諸国にしても誤算で、英国とイスラエルの関係が必ずしもしっくりこないのは、この点にも由来していると思われます。

いずれにせよ「第二次世界大戦後も暫く中東を仕切っていたのは大英帝国」で、とすると戦前は言わずもがな、英仏の独壇場、英国の了解無しに一切事は運びませんでした。


欧州はどうか、後に宥和主義者の刻印を押されるチェンバレンが宰相の時代、鉱工業生産は米国の後塵を拝し、ドイツの台頭にも抗する術を持たなかった時代ですが、経済力=国力(政治力)ではなく、ルーズベルト大統領の欧州列強会議仲介の打診をチェンバレンは一蹴しています。

つまり「米国は欧州政局に口出しするな」と言うのが当時の大英帝国のみならず全欧州の総意で、シュペングラーを除けば「西欧=世界の中心」と見解を全欧州人が持っていましたから、欧州情勢を決める権利はまず大英帝国、次に第三帝国(ドイツ)、フランスは準主役でムッソリーニ率いるファシズム・イタリアは脇役、ソ連は論外で、「共産国なんぞヒトラーの餌食になれば良い」と言うのが大英帝国保守派の統一見解でした。

大誤算だったのはナチズムとコミュニズムが抱擁したことで、これにより欧州の政治力学が崩れましたが、それも大英帝国が欲しい物を与えてくれないと言う不満が高じての結果です。

そして戦後ですが、ナチス・ドイツ打倒に貢献したのは米英ソの参加国で、従って英国はここでも戦後、一定の発言力を有するのですが、ここがアングロ・サクソンの悪い所で、戦争が終われば徴兵を解除してさっさと帰国してしまう、その結果、欧州に残されたのは大量のソ連製戦車でした。

従ってスターリンが全欧州を軍事力で共産主義化する好機が巡ってきたのですが、そこに立ちはだかったのが、「逆張り」の天才にして希代の「ハッタリ屋」、ド=ゴールでした。

軍事力を含め無い無い尽くしでド=ゴールはスターリンに対して「喧嘩を売って来い」と叫び続けました。

それでも1948年の共産主義西漸は拒めませんでしたが、西欧を共産主義の魔手から護ったのは、間違いなくド=ゴールの存在です。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2010-11-19 00:20

チトーと毛沢東

チトーと毛沢東の共通点は、共産主義の「教皇」スターリンに刃向かった点で、では何故「マルクス・レーニン主義の唯一にして正統な後継者」に叛旗を翻したかと言えば、革命を自前で達成した、換言すれば「旧ソ連の軍事的支配下で成立した共産主義革命」でないことが大きな要因です。

実質的に国土を征服されては、反対意見すら封殺されますが、ソ連軍の戦車が目前に在ったとしても、それと国土を蹂躙されていることとは話が別です。

ですから「自前の革命」を達成したと言う点では、スターリン(ソ連)、チトー(旧ユーゴスラビア)、そして毛沢東(中国)の三者共に同列なのです。

つまり過去においてローマ教皇を三人並立した時代が存在しますが、それと良く似た状況が出現した訳です。


毛沢東一行が往復とも列車でモスクワまで赴き(誰かさん父子とそっくり)、約2ヶ月に亘って交渉を重ねた背景には、その時点で「中ソ決裂」していたのですが、それを表面かさせなかったのは、圧倒的なソ連の国力の前に、新生中国は煮え湯を呑まざるを得なかったからです。

そもそも1949年12月から1950年2月まで、誕生したての国を主だった要人が留守に出来たものだと感心します。(周恩来も同行)

おそらく誰かに託したと推測されますが、それが誰かを調べるのも一興です。


中国研究の碩学中嶋峰雄氏によれば、この訪ソで中国側は悉く要求をはねつけられたらしく、その過程で激論が交わされたとのことです。

また宮崎市定京都大学名誉教授(故人)の推論では、モンゴルを巡って中ソの利害が交錯したことになっています。

すなわち、歴史的に外モンゴルも中国の支配が及んでいたから、今後は中国の傘下に置きたいと言って、暗に「外モンゴルからソ連の戦車は出て行け」と言う中国側に対し、大馬鹿野郎、共産主義化と言う点ではモンゴルの方が中国より遥かに先輩だし、何よりモスクワに忠実でソ連軍の駐留もウランバートルの要請に基づくもの、そもそも「歴史的経緯」云々を持ち出すのはブルジョア的思考の残滓に過ぎない、つまり「中国式共産主義化は認めん」と言うソ連の言い分が激突したらしいです。

結局、「一枚岩」を演出するために外交的には中国の全面敗北で終わったのですが、中国からすれば表面上とは言え渋々、コミンテルンに従っているだけで、そのご本尊のソ連がスターリン批判を始めると、そんな言動不一致の国の正当性を認めることは出来ない、やはり中国が「共産主義革命のご本尊」と言い出した訳です。

それにしてもスターリンはよくよく、毛沢東と中国共産党を嫌っていました。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2010-11-17 21:38

カリスマの激突 ~スターリン対毛沢東~

「世界で俺より偉い人間はいない」と思い込んでいる人物同士が話し合ったらどうなるか、それを物語るのが1949年12月の毛沢東による訪ソです。

交渉相手は勿論スターリン、ドイツ第三帝国を殲滅させ、1948年には東欧の共産主義化を現実のものとした、「全世界の救世主」スターリンです。

このスターリン、マルクス・レーニン主義の唯一にして正統な後継者を自認していますが、要は「共産主義版ローマ教皇」であり、異端は許しません。

スターリンの考えではロシア革命こそ遅れた地域に於ける「正しい革命」で、それはプロレタリアがブルジョア革命を代行する第一段階(帝政崩壊)と、その結果として成立したブルジョア政権をプロレタリアが打倒する第二段階(ケレンスキー内閣崩壊、ソビエト成立)に分かれます。

ですから帝政ロシアより遅れた社会形態の中国は、まず国民党がブルジョア革命を成就し、その後スターリンお墨付きの共産主義政党がプロレタリア革命で国民党政権を打倒するのが、「唯一にして正統な後継者」の見解で、その通りに動かないとすれば、それは中国の方が悪いのです。

では中国共産党がスターリンにとってお墨付きを得ていたかと言えば、「非公認」だったと思われます。

でなければ1945年8月14日の段階で、ソ連と「中華民国」が中ソ友好同盟条約なるものを締結する必然性は存在しません。

それによればソ連は武器を国民党(政権)以外に渡さないことで合意しています。


ところが、中国共産党は「自前の革命」をやってのけました。(この「自前」は怪しい部分が多々ありますが、スターリン教皇のお墨付きなしで成し遂げたと言う意味では自前です)

その結果、共産中国は「唯一にして正統なる後継者」スターリンの面子を潰したことになり、最初から両国は不倶戴天の敵とも言える関係にあったのです。

ですから中ソ友好同盟相互援助条約を締結するまで、毛沢東一行は翌年2月までソビエトに張り付く羽目になったのです。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2010-11-16 23:53

「官」対「民」 in 中国

本題に入る前に、松山氏の件は、小誌も以前複数の経路から情報を入手しましたが、裏付けと断言出来るものではなく、未確認情報の積み上げでしたので、保留とさせて頂きます。

ご指摘に感謝申し上げます。


さて、ここからの話は少し前の日経新聞からの云わばパクリなのですが、読者各位にご紹介する価値があると思い、下記に認めた次第です。


中国では今、余剰生産能力が問題となっていまして、中央政府はその削減に躍起になっていますが、目立った効果が上がっているとは言えない状況にあります。

「自由主義経済(資本主義)」と「計画経済(社会主義)」が絡み合っている中国では、ノルマも形式上は健在ですし、増産を歓迎する風潮が残っている感があります。(これには地方間の競争意識、言葉は悪いですが田舎っぺ根性丸出しの排他的思考が根底に横たわっていると考えられます)

ですから中央政府から設備能力100の工場建設の許可を貰ったら、現実には150の設備を作るし、これとは別にどさくさ紛れに別に非公認の150の能力を備えた工場を作ります。

とにかく「地方」が「中央」の、そして「民」が「官」の命令を聞かない、忠実ではない点が余剰設備問題の根本的課題なのですが、業を煮やした中央政府は送電中断の挙に出ました。

鉄鋼、アルミ、化学産業と言った電気を喰う業種が主な標的で、鉄鋼分野では多少効果も現われ始め、月産6,000万トン(年率換算7億トン強)から同5,000万トン(同6億トン)に粗鋼生産量が減少しています。

ただ一筋縄で行かないのが古今東西の中国で、曲がりなりにも律儀に送電するのは共産中国建国史上、今の胡錦濤政権が初めてと言っても過言ではなく、逆に言えば停電が当たり前の国、それが中国でした。

有言実行の胡錦濤政権に対する国民一般の支持は高いと思われますが、それとお上を信じることとは別の話で、確かに強制停電は一定の効果を上げているものの、「民」の方にも自家発電能力があります。

これはおそらく、現政権の強硬策を想定しての発電機設置ではなく、「電力が途絶しない方が異常」と言う中国人「独特(?)」の思考習慣から、備えておくのが当たり前になっているのだと思われます。

そのために高騰しているのが軽油価格で、軽油が無いと発電機を動かせないと言うことで、石油会社には軽油の注文が殺到、急遽輸入を増やしています。

「風が吹けば桶屋が儲かる」ではありませんが、思わずやれやれと言いたくなる、阿呆らしくもありその思考回路が理解不可能でもある話でした。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2010-11-15 23:52

仕掛ける胡錦濤

胡錦濤国家主席とその周辺が、太子党とも上海とも妥協する意図は毛頭なく、むしろ両者を葬るつもりであることが、ここ数日の中国政府の動きから明らかになりました。

10月の消費者物価指数が前年同月比で4.4%の伸びを記録したと発表したかと思ったら(11月11日)、同日のこれぞ真剣勝負と言うべき米中首脳会談を経て、12日の上海株式市場は5%を超える下落を記録、本気て纏めて締め上げるつもりです。

当たり前の話ですが、たとえ同盟関係になくとも、重要な政策決定をする際には超大国の容認が必要だと言うことを、中国首脳は分かっています。

これに対し政権が交代したからと言って、都合の悪い部分は是正せよと超大国に噛み付く輩は、同盟関係を結んでいても「反逆者」です。

分かりますか、民主党諸兄。


それにしても松下政経塾と言うのは、どれだけの害毒を日本に与えれば済むのでしょうか。

野心はあるが能力はない輩を集めて、箔を付けてやって世に送り出す、実行力の全くない連中が政治に携わるとどうなるのか、世襲の弊害を満天下に披瀝したのが、漢字の読めない麻生太郎ならば、世間知らずで操り人形であることすら分かっていないのが松下の連中です。

松下政経塾、本気になって調べる必要がありそうです。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2010-11-13 23:57

四島売ります ~或いは佐藤某の出鱈目さ加減~

ロシアのメドヴェージェフ大統領が北方四島の一つ国後島を訪れたと言うことで、政府の無力と外務省の怠慢を責める声が挙がっていますが、それはある意味、的を射たものでありますが、根本的に間違っている部分もあります。

そもそも外交とは、右手で相手と殴りあいしながら、左手で握手することくらい朝飯前の世界で、お互い背を向けて怒鳴りあいながら、己の右足と相手の左足で握手(?)することだって、時にやってのける必要があります。

その典型が独ソ不可侵条約ですが、往々にして強硬路線が実は関係強化の布石であったりします。


メドヴェージェフ大統領が国後島へ出向いて何をしたか、イクラを食べていました。

ロシアの食習慣には不案内ですが、日本に入ってくるイクラの多くがロシア産で、ロシア人より日本人の方がイクラを嗜好しているのは明らかです。

ですからあの映像は日本向けで、またサハリン州が建設した施設を訪問しましたけれど、旧大日本帝国時代の建築物や設備に赴かなかったのは当たり前で、国内世論に悪影響を及ぼしますし(まだ日本の建造物が残っているのか)、日本人もそれを観て心が痛みますから、そんなことして国内外の機嫌を損ねる必要は全くありません。


世界は今、「2012年問題」に直面しています。

と言っても複雑怪奇な予言ではなく簡単な話で、オバマ大統領もメドヴェージェフ大統領も胡錦濤国家主席も、このままでは政治の第一線からの退陣を余儀なくされます。

つまりオバマ大統領は2012年の大統領選挙で再選を目指し、メドヴェージェフ大統領はプーチン首相との政争を制して2012年に再選されることを望み、胡錦濤国家主席は「後継者」習近平氏を蹴落とし、子飼いを後任に据えて院政を敷く算段です。


この中でオバマ大統領は日本そのものに愛想を尽かしていますし、日本が自分を支援してくれることは有り得ないと考えていますから、今の愚昧な民主党政権が続くことを特に嫌がっていません。

そこで再選資金は中国に求めていまして、ですから今、「オバマ・胡錦濤会談」で両者は激突しています。

その胡錦濤国家主席は一刻も早く日本の内閣を崩壊に追い込んで日中「戦略的互恵関係」を復活させ、それを梃子に再選戦略ならぬ「院政戦略」を発動させたいと考えていると思われます。

既に大統領派と首相派の間で激しいつばぜり合いが演じられているロシアの場合、不利な状況にある大統領としては軍資金が必要ですが、後腐れの無い形でその軍資金を出してくれそうなのが他ならぬ日本で、とすると売り物は北方四島と言うことになります。

北方領土に手をつけることは、少なくとも米中の暗黙の了解が必要で、尚且つ日本政府が馬鹿な方が高値で売れますから好ましく、その点で言えば日本の現政権がもう少し踏ん張ってくれるのが望ましいです。


結局、メドヴェージェフ君は胡さんに嵌められたのだと思われます。

「北方領土に足を運んでも良いよ、その間、あらゆる面で一切邪魔をしないから。場合によっては領土を割譲しても文句言わないよ」と言われて現地に赴いたのは良いですが、日本の世論が「取引」に応じる雰囲気でなくなってしまいました。

仮に現政権が法外な値段で四島を買い戻したら、それこそ現政権の致命傷になります。(前原ならやりかねないですが)


佐藤優なる元外務省職員には、もう好い加減にしてくれと言いたくなります。

駐露大使を召還したことで「日本は一つ切り札を持ったことになる」って、すぐに戻っています。

大使の召還程度が交渉の切り札になるとは思えないですし、日本の現政権の腰砕けぶりを観れば、切り札になり得るかどうか、考えるまでもありません。

その佐藤某を可愛がった鈴木宗男衆議院議員とは如何なる人物か、その熱烈な支持者である松山千春氏は、同時に熱烈なる「そうか☆がっかり」の信者です。

鈴木議員が「新党大地」を立ち上げてすぐ、選挙で当選を果たしたのは、その辺りに理由があり、佐藤某も最初は兎も角、親密になるに連れてその辺の事情も理解出来たと推測されますし、そもそも「ロシア要人(含旧ソ連)に特別の情報窓口を持っている」と吹聴するならば、それは「そうか☆がっかり」の力に預かった部分が大なのではないでしょうか。

それにしても「特別の情報入手経路」があるなら、今回何故、効力を発揮しなかったのか、その辺りを是非伺いたいです。

(続く)
[PR]

by 4kokintou | 2010-11-12 23:09