現代中国考


現代中国に独自の観点から考察を加えます
by 4kokintou
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選りによって花粉症

この齢で罹るとは夢想だにせず。

あと少々お時間を賜りたく。

小誌執筆者
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by 4kokintou | 2011-03-27 23:37

やっと元朝(=大元)に復帰

誤謬のご指摘有難うございます、でも昔より今の方が(親殺しも含めて)物騒になっている印象を受けるのは、媒体等に「洗脳」されているからでしょうか。


全人代閉会を告げる記者会見で温家宝首相が、今回の日本の大災害に関して「心から哀悼の意」を表明していましたが、日本の現政権には相変わらず愛想を尽かしているが、日本国とその国民には敬意を抱いていることを遠回しに言っているのだと思われます。

それから米国系格付機関ムーディーズも「当面は格下げの必要なし、しかしこのまま手を拱いているのならばその限りにあらず」と言った趣旨の見方を公表しているのは、要は「早く潰れろ、今の民主党政権」との意味と解釈しています。


だいぶ遠回りをして漸く「蒋介石」の手前の元朝(=大元)にたどり着きましたが、此処で何故、元朝にこだわるかと言いますと、「北宋以降の空白期」だからです。

そう言いながらいきなり寄り道しますが、「特殊法人日本放送協会(NHK)」が西太后を扱った物語を放映していますが、その中で兄は状元、弟は自宮宦官と言う設定の(貧乏だった)兄弟が出てきますが、そんな荒唐無稽な話、現地の中国人にせせら笑われている筈です。

内廷に一族の人物を宦官として送り込み、その中枢に食い込むことで一族が「表の権力」も手中に収めると言うことがあった、(外戚勢力壊滅後の)後漢や唐末期ならまだしも、清朝は士大夫層(=大地主=知識階層=宗族階級)が、満州族や蒙古族貴人と共に実権を握っていた時代、科挙と言う名の「試験地獄」を潜り抜けて状元つまり筆頭合格者を出す家が、人減らしも兼ねて兄弟を宦官に出すと言うのは、矛盾を通り越して無知です。(事実に基づいているのなら御免なさいと素直に謝りますが)

そこまで貧乏ならば科挙に受かるのは夢のまた夢、科挙の受験勉強のためにどれだけの経済的負担を強いられるのか、逆に進士になれるのなら弟は自宮宦官になる必要がない家柄です。


話を戻して、漢朝滅亡以降の中国、特に華北は四分五裂の末に異民族が跳梁跋扈し、干戈が絶えず、これでよく本来の漢民族が生き延びられたなと感心せざるを得ないほど、混乱の極致にありました。

統一を成し遂げた隋も短期間で滅び、唐も太宗の時代と安史の乱以前の玄宗時代を除き、曲がりなりにすら統一を維持出来ず、華人と異民族を問わず軍閥が各地を実効支配していました。

「北宋以降」における皇帝絶対主義は、「皇帝(及び皇族)は華人でも異民族でも可、あらゆる要求を満たす、但し実権は士大夫階級が握る」と言う宗族主権国家がその実態でした。

この考えは漢民族国家(北宋、南宋)にも異民族王朝(遼、金)に受け継がれましたが、全く拒否した王朝が次に出現しました。

元朝です。

元朝は華人に対する権威も権力も全て否定しました。

二級国民(=被支配者階級)に規定し、しかも「二級国民の上=漢人」、「同下=南人(蛮子)」に占領時の居場所で区分しました。

王安石の改革が南北対立の様相を呈し、派閥抗争に堕したのも両者の反目が背景にありましたが、それは宗族階級の内部抗争で、北側に住んでいると言っても、間違っても華北の百姓や商人が、華南の宗族階級の上に来ることはありませんでした。

それを元朝はやってのけた、一種の革命です。

(続く)
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by 4kokintou | 2011-03-15 23:07

不祥事の由は天子様の不徳にあり

体力があれば、今日(3月14日)は二本立てで投稿する所存です。


中国には古来より、災害や凶作、更には戦争を含む不祥事は「天子の不徳の致すところ」と考える習慣が根付いていました。

この考え方は、平成の御世にあって完璧に正しいと小誌は宣言します。


己の思想信条を自己研鑽と後世への貢献のための糧とするのではなく、「飯の種」に思想信条を唱える輩、具体的には「職業左翼」、「職業保守」と、小誌は一線を画そうと微力ながら努めてきたことは、読者各位もご存知の通りです。

特に小誌が定義する「(真正)保守」と、「職業保守」との区別を明確にするため(「職業左翼」は現政権に社民党を加えれば出来上がり)、櫻井よし子女史を引き合いに出して今まで論じてきました。

今回は「職業保守」が話題ではないので、保守の立場から具申申し上げます。


保守は「(立憲)君主制」と「(立憲)共和制」の両方を選択可能であると、御想定されたことがございませんか。


明治大帝は治世の前半を、云わば過渡期的(かつ表面的)専制君主として、その後半は大日本帝国憲法下の主権者としておらせられ、日清及び日露の二度の国運を決する戦争を勝ち抜かれ、日本を列強の毒牙から逃せられ、植民地化されることなき社稷の礎を築かれました。

その嫡孫であらせられる昭和大帝の御世には、太平洋戦争での敗北と言う未曾有の大惨事を経験しましたが、これは輔弼機関たる内閣と、天皇が(直接)統帥権を有する軍部が衆議一致のうえで、つまり「臣民の代表」と「天皇の赤子の集団」が一致団結して天皇に対し開戦を御前会議にて強く求めたからで、その背後には報道機関に先導された部分はあるものの、臣民全体の固い決意がありました。

しかしながら最終的には天皇がご裁可なさったとは言え、実質的に臣民が始めた戦争にもかかわらず、臣民は戦いに敗れたのみならず、敗戦の決断も出来ませんでした。

その臣民の責を負いつつ、個人的に本意ではなくとも戦時中の敢闘を讃えられ、超法規的に詔勅を以って戦いに幕を引かれたのが昭和大帝でした。

臣民が天皇に感謝したのは、己が出来なかった「尻拭い」を肩代わりされただけでなく、地方行幸等にて苦楽特に「苦」を共になさったことからです。

昭和大帝の治世は、最初の20年が臣民の暴走と要請により干戈に明け暮れ、残りの40年余りは「先憂後楽」を率先垂範なされました。

ですからその末期に病重篤と聞いた「国民」は、誰からも強制されることもなく病気平癒の署名を黙々と書き連ね、そもそも占領下においてその占領者の代表的存在であるマッカーサー元帥宛に、差出人明記をうえで昭和大帝の助命嘆願と、それが叶わなかった場合の「対応」を仄めかした文書をこれも自発的に送り付け、まさに天皇から頂戴した「敢闘」のお言葉に戦後も報いました。


しかるに今上天皇の不行状、失徳の甚だしきこと、価値なき身の上とは言え、指弾せざるを得ずと申さざるを得ません。


現行憲法において主権は国民にあります。

そして狭義には天皇ご本人、抗議には皇族の方々のお手元には主権は存在せず、強いて申さば「主権を超越し、皇室典範に服すべき立場」におられます。

国民は現行憲法により保障されている部分もございますが、三大義務(納税、勤労、教育)を除いても、様々な部分で拘束されています。

現実をみれば一目瞭然、資金繰りに窮して自殺する「国民」、出世競争(受験戦争)に負けて頭が変になる「国民」、家庭崩壊で離婚する「国民夫婦」、それから元号が平成になって以降、顕著になったのが「親殺し」、「子殺し」です。

現行憲法に不満を抱いている輩も少なからず居る筈で、民主主義憲法を否定するもしないも、それは国民がすべき作業で天皇が容喙すべきではございません。

しかるにご即位直後の国会開会の「お言葉」で ~国会開会に際に自己主張出来る「特権」は国民の誰も有しておりません~ 「民主主義に立脚し」云々と言われたのは、明白なる「国民主権の侵害」です。


今上天皇のご愛読書に宮崎市定教授(故人)の名著「雍正帝」があると仄聞致しており、小誌も拝読しておりますが、宮崎教授が一方で「名君」と雍正帝を讃えているのは、帝が「為君難(君たるは難し)」の額を常に掲げ、己が身と寝る間を削って国政に立ち向かったからです。

ですが雍正帝には「確固たる信念」と「決断力」がございました。

腐敗しきった官僚=当時の宗族階級と徹底的に対峙し、最高権力者が弱者を救い、その安寧に腐心すると言う点で些かも揺れることはありませんでしたし、その統治手法は「果断」と評して差し支えないです。

「拙速は巧遅に優る」が真理かどうかは存じ上げませんが、陛下のご動向は結果的に「拙遅」に至りつつあり、これを俗世では「優柔不断」と呼びます。

しかも雍正帝はその後継者が、小誌が「中華帝国没落の端緒を開いた暗君」と評する乾隆帝でしたが、今上天皇はそれを上回る「怪物」を放置されておられます。

君子たるもの、してはならぬのは「公私混同」であり、「私を公より優先すること」であり、「伝統の否定による自己否定」であり、「特権の濫用」であり、「社稷の安寧に全く関心を持たぬこと」です。

敢えて名指ししませんが、「雅子のキャリアを否定する」云々と言った「些細な私事」を、税金とそれを公言出来る「特権」だけは充分に「濫用」して、国民に伝えることには熱心でも、公務特に神事には不熱心な「怪物」が畏れ多き所に存在します。


もう、全く尊敬していないから常体を使わせて貰うけど、主権者たる国民は老若男女を問わず常に「キャリアを否定」される惧れがあり、現実にその機会に少ながらず遭遇しているんだよ、その人生で。

自分の嫁だけ「キャリアを否定されない特権」を有するのは何故だ、それを公表する場を持つことが出来る「特権」を濫用する理由を答えろ、公務に励め、国事行為は進んで代行しろ、いい歳してこんなことを同い年に指摘されねばならぬ己を愧じよ。


畏れ多き所の腐臭は宮内庁を通じて官僚全体に伝播します。

昭和大帝が田中角栄を嫌ったのは「公私混同」の度が過ぎたからです。


皇室自ら率先して、「君主がしてはならぬこと」を全て、率先してするのであれば、共和制を前提とした憲法を制定するまで、今の少子高齢化社会において、不本意ながら施設に送り込まれる高齢者が無数にいるんだ、予め申しておきますが、「有形無形の特権」を保持したまま「国民」になれると思うなよ。

(続く)
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by 4kokintou | 2011-03-15 00:30

「哀悼の意」及び「お知らせ」

今般の大災害で被災された方々及びその関係者各位様に対し、心よりお悼み申し上げますと共に、ご心痛をお察し致します。

尊い命が少しでも多く助かります様に。


それから、「サイパン→硫黄島→沖縄」の件は、「現代の超克(http://dokkyoan.exblog.jp/)」に転載しましたので、そちらをご覧頂ければ幸いです。


話題を本来の中国に戻しますが、一眠りしたいので暫しのご猶予を。


小誌執筆者
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by 4kokintou | 2011-03-12 04:24

「ビンソン計画」に戻って

太平洋戦争で日本は、ビンソン計画(プラン)、B29、そして核兵器(原子爆弾)に屈したと評しても過言ではありませんが、当時の軍首脳も馬鹿ではなく、サイパンを最前線に位置付けた「絶対防衛圏死守」を怒号していたのも、B29の航続距離が分かっていたからで、ここから大日本帝国陸軍はそれまでの「学習」の成果をみせます。

と言ってもまだ模索段階であったのは、「水際作戦」を採用して緒戦の段階で大損害を蒙ったことからも一目瞭然で、学習速度がもう少し速く、学習期間がもう少し長ければと悔やまれます。(「積極的に迎撃せよ」一辺倒の大本営が最も愚昧なのですが)


太平洋戦争は特にその前半、戦闘艦船の沈め合いであり、島嶼の争奪戦であり、大まかに言って前者が帝国漢軍の担当、後者が陸軍の仕事でした。

ガダルカナル島以降、帝国陸軍は敗北を重ね続けますが、当たり前の話で日中戦争では破竹の勢いで勝利を重ねた「成功体験」があります。

小さな島で優勢な火力を持つ相手に日中戦争式の戦いを挑んでも、しかも研究されていますから負けるのは当たり前です。

陸軍の苦闘はここから始まるのですが、逆に海軍は「真珠湾以降の成功体験」がミッドウェーで完膚なきまでに打ち破られた結果、思考停止に陥りました。

近代戦において最も大事なのはヒト、具体的には専門知識を有する集団で、戦闘機の操縦士や整備士などです。

ですからダンケルクに追い詰められた大英帝国は武器を全て放り捨てて人員だけを収容しました、武器は簡単に作れますが、人材の育成には多大な時間と労力を必要とするからです。

対するに帝国海軍の怠惰なること、如何に甚だしきや。

終戦時、ラバウルには約10万人の戦闘員が自給自足で居留していましたが、その殆どが海軍で、しかも多かれ少なかれ「その道の専門家」でした。

戦争末期の海軍航空隊の最大の悩みは、そういった専門家の不足で、特に操縦士の練成不足が致命的であったのは、海軍自身が痛感するところです。

つまり海軍は終戦まで何一つ学ばなかった、戦略思想が大英帝国にすら追いついていません、否、退化したのです。

陸軍は違います、学習効果が顕著になり始めていました。

(続けますが、中国に戻りたいので、この話は別のブログに移す予定です)
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by 4kokintou | 2011-03-10 23:43

メア発言は正しい

米国務省の要人が沖縄(人)について「問題」発言をしたそうな。

何を騒いでいるのか小誌には理解しかねます、発言の内容が正鵠を射ていますから。


普通、連日に亘り唄って踊って飲酒をすれば、翌日は仕事になりません。

しかも働かないで怠けているから、体調を崩して結局は男性が早死にします。

沖縄の女性達は常々「沖縄は女性が働き者だから」と言う意味の発言をしますが、裏を返せば男は勤勉でないと言うこと、沖縄人自身が認めているではありませんか。

男が働かなくて所得が増える筈がない、それでも喰っていけるのは「働かなくとも生計を立てられる」制度が存在するからで、それってすなわち今回の発言の主旨ではないですか。


中国以外についての、小誌の旗幟を鮮明に致します。

小誌は「反沖縄」であり、「反〇差別撫楽」であり、「反南北朝鮮」であり、ついでに反「そうか☆がっかり」で「反NHK」です。

沖縄に話を限りますが、小誌が沖縄に好意的でないのは、沖縄県民の多くが差別主義者だからです。

誤解なき様、沖縄が日本の残りの部分を差別しているからです。

「うちなんちゅう」と「やまとんちゅう」、何と言う差別用語ですか。

山形県人も名古屋人も鳥取県人も、その風土や習俗、文化を無視して束ねた挙句、「やまとんちゅう」の一言で片付けること、これ程の差別がありますか。

ではお尋ねするが、石垣島は「うちなんちゅう」なのか、かつての琉球王朝の「植民地」だった奄美群島はどちらでもない「その他んちゅう」ですか。

或いは沖縄と因縁の深い鹿児島県が突然、自らを「薩摩隼人んちゅう」と美称し、東京も大阪も沖縄も一括りにして「弱虫んちゅう」と言い出したらどんなお気持ちですか、気分爽快ですか。


小誌が最も忌避するのは「過去」を楯にとって「法の下に於ける平等」を侵すまでに既得権益を主張、獲得及び保持する輩です。

何故なら将来の日本人に禍根を残すからです。

鳩ポッポ内閣は「子供手当て」なるものを借金で調達することで、その子供達に「元利返済」と言う重荷を背負わせました。

次の世代のことを考ない人間ほど醜いものは無い、そんな単純な真理に至らない己の情けなさをまず責めるべきと思われます。


ビンソン計画と元(=大元)についてはあらためて。

(続く)
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by 4kokintou | 2011-03-09 00:44

元(=大元)と言う時代

或いは中国人相手に現地で丁々発止と渡り合い、或いは留学先で世界を向こうに回して知的真剣勝負に挑まれたりと、小誌読者各位のご活躍を承っていますと、案外日本も捨てたものではないなと意を強くする次第です。

あらためて、全ての読者にご多幸あれ!

小誌が少しでもお役に立てば、これに優る悦びはございません。


折角お便りを頂戴したので、本題を離れて少し、日米「超大国の卵」戦争に触れたいと思います。

機会を改めて考察する所存ですので、ここでは概説に留めさせて頂きますが、日本と言う「超大国の卵」は得手不得手の振幅が大きい国でした。

開戦当時、マレー半島を「銀輪部隊」が走破してあの大英帝国現地軍を蹴散らしたと、大本営自らが得意げに公言していますが、銀輪と言えば格好良いですが要は自転車、輸送手段の主力が銀輪なんて事実を「公宣する」馬鹿が世界の何処に居るのやら、かと思えばプリンス・オブ・ウェールズとレパルスを航空機だけで屠ったのも日本軍で、この瞬間、大英帝国は「海の覇者」の称号を失いました。


一方、日本に喧嘩を売られた米国、日本を凌駕した点を挙げれば「核とB29とビンソン計画」で、その背後にある「大量生産思想」です。

この内、B29「大量」撃墜能力(それ以前に侵入阻止能力)があれば、核も水際で拒むことも可能だったかも知れませんが、これは時間的にも体力的にも不可能でした。

しかしビンソン計画(プラン)にはほぼ追いついていました、但し陸軍のみが。


太平洋戦争までに進化したのは帝国海軍で、チャーチルが艦船の燃料を石炭から石油に切り替えるのに四苦八苦していた頃、我等が海軍は「石油が途絶したらどうしよう」と悩んでいたのですから、要は全面切り換えを実施していました。

一方、陸軍が進化したのは戦況の悪化が覆うべくも無くなった末期で、具体的にはサイパン以降です。

「サイパン→硫黄島→沖縄」とつないだ場合、共通するのは制空権も制海権も完璧に米軍の手中にあり、しかも陸戦部隊の装備も米軍が圧倒的に優勢でした。

にもかかわらず、「サイパン→硫黄島→沖縄」の順に帝国陸軍の抵抗力は増し、順を追うに連れて米軍は苦戦を強いられました。

カール・ビンソンの名前は米軍空母の名称にもなった程ですから、その功労を米国が如何に讃えているかが理解出来ますが、その根本思想は「点から面に」、「海の陸地化」でした。


空母が抱える永遠とも言うべき課題は、「母艦が沈没するのは勿論、傾くだけで戦力外、特に艦載機は空中に存在しようと艦上で待機していようと全て戦力と看做されなくなる」点です。

つまり空母は「点」であり、その「点」でしか艦載機は離発着が出来ませんし、何より艦載機の数が限られます。

もっと深刻なのは、失ってはならないのは「艦載機操縦者」で、次に「艦載機」、航空母艦は単なる「運び屋兼倉庫」と言う現実です。

この課題にビンソンは「補助空母や軽空母の類をT型フォードの如く大量生産し、傷ついた機体や人員を何時でも何処でも回収出来る態勢を整え、一方で主力艦載機が飛び立った後で、軽空母や補助空母に積載している航空機を制式空母に操縦士と共に移す」、つまり制式空母の数は程々(資金も時間も建造に要しますから)、その代わり島を中心に軽空母や補助空母を「敷き詰める」ことで周囲からの継続集中攻撃を可能にしました。

ですがビンソンの考えには重大な落とし穴がありました。


全然、元には触れていませんが「続く」です。

(続く)
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by 4kokintou | 2011-03-08 01:46

石油なき戦争

今回の「リビア戦争」は石油争奪戦の側面もありますが、個人的には「砂漠の狼」ことロンメル将軍が出没した地名が次々と出てくるので、不躾ながら懐かしさすら感じます。

巧遅は拙速に如かずとは言え、今回のオバマ大統領の「チョンボ」は拙速であることと情報収集を軽視していた点に、その原因が求められると思われます。

某島国の宰相も官僚を敵に回して四苦八苦していますが、大統領にも正確かつ迅速な情報が上がって来ていないのではないか、それから側近も含め意外と戦争に「疎い」のではないか、そう思えてなりません。

男だけで7人の息子がいるのですから、そこに楔を打ち込んで仲違いさせることから始めるのが「定跡」と言うもので、民衆を騒がせる前に済ませておくべき必須事項です。

そんなことも分からないし具申する者もいない大統領、結構危ういです。


米国としては中国も視野に入れているのでしょうが、無理な話で逆に手玉に取られている感があります。

両国とも無理しながら我慢しながら睨み合っていますが、先に降りるのは米国かも知れません。


ご指摘にもありましたが、太平洋戦争が終わった時点で疲労困憊でない国は皆無で、ましてや「石油なき大地」中国に石油燃料を輸送する能力も余力も、「唯一の陸の王者」ソ連すら持ち得ませんでした。

この時代の「大産油国」と言えば、バクーを擁するソ連、自国に油田を持つ米国、そして中東を押さえる英国ですが、まず中国に分ける余力の有無は別として、運搬手段を有するのは辛うじて米国のみ、加えて受け取り設備は国共とも有していませんし、仮に受け取ってもそこからの輸送方法がありません。

つまり精々が「石炭燃料型」戦争で、その意味でも旧満州地区(しかも唯一、ソ連から石油を受け取れる設備が残っている)の帰趨は戦局に重大な影響を及ぼしたと思われますが、それでも旧満州だけで全体の戦況が決した訳ではありません。


国共内戦は太平洋戦争の終結から遅れること8ヵ月後に再開されますが、それまで無為に時間を費やした蒋介石の軍事的視野の無さに呆れますが、それでもこの「低次元戦争」の致命的要因ではない筈です。

戦闘機や爆撃による派手な空中戦は皆無、戦車で相手を圧倒する場面も論外、とすると歩兵と砲兵による突撃と撃ち合いに限られます。

大砲をポッコンポッコンと撃ち合いながら、次に歩兵が喊声を上げながら突撃して激突する、これの繰り返しじゃなかったのか、あくまで根拠なき推測ですがそんなに外れていないと思われます。

ご紹介頂いた中国製「戦争映画」で、「英雄」がやってのけたのは鉄道の爆破(列車の運行阻止?)でしたが、飛行機や戦車が主力であれば、「空のエース」とか「戦車一台で相手一個師団を全滅させた名手」とか、そんな内容の「戦争映画」が多数製作される筈です。


蒋介石を調べていますと、根本博と言う日本人将校の名前が出てきますが、簡単に言えば敗残兵を率いて寡兵良く人民解放軍の大軍を破った人物ですが、蒋介石は土俵際で日本軍の戦争思想を最後の切り札として出してきたことになります。

そしてそれは功を奏したのですが、換言すれば、勝った共産党側も含めて、凄まじく低次元であったと言わざるを得ません。

ですから共産党の勝因は別の所に求める必要があります。

(続く)
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by 4kokintou | 2011-03-04 00:10

中国と中央集権

リビアは派手ですが、玄人が好むのは中国での「睨み合い」、角を突き合わせているのは勿論、米国(の手先)と中国当局です。

本命は米中の攻防かも知れないと感じています。


久々に「北宋以降」と言う用語を使わせて貰いますが、この政治体制は表向きは「皇帝絶対権力」を謳いながら、主権と言うか実権は士大夫層(=宗族階級)が独占すると言うものでしたので、表面上は「中央集権」、実態は「地方分権」と言う二重構造になりました。

つまり皇帝の座は誰も狙わない、その代わり万が一の場合には責任を取って貰う、士大夫層は君主が華人であれ異民族であれ仕える代わりに責任は取らず、宗族は有力なものだけでも多数存在しますから、権力は分有することになります。


中央集権と地方分権の違い、それは「権威」の有無だと思われます。

日本史で言えば、室町時代は権力分立の過程と理解していますが、その初期にあって斯波氏は「(足利家の)管領たること家の瑕瑾」と公言して憚りませんでした。

おそらく中国人にとって「権威」とは、ご先祖様と霊廟ではないかと思われます。

とすると権力は(表面上)統一出来ても、権威は纏められません。


中国人は共産主義の何たるかを理解したうえで、共産主義中国を選択、建国した訳ではない、これだけは言えます。

蒋介石が許せない、認められないから、まだましと「勘違い」して共産党を選んだ、これに尽きると思われます。

(続く)
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by 4kokintou | 2011-03-01 00:28