現代中国考


現代中国に独自の観点から考察を加えます
by 4kokintou
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年末てんこ盛り ~習近平氏の末路~

あらためて岩波文庫「世界憲法集」を読み直さねばと考えいます、正月休みに一体何冊の書籍に目を通し、何通の書状を認めなければならないのか、何となく世界も己も「正念場」に至りつつある印象を受けます。


インサイダー容疑で90名の国内投資家を中国高官当局を逮捕、中国みたいに「義兄弟」や「親友」、「友人知人」が複雑に入り交じった社会で、インサイダーを止めろと言うのは付き合いを全て断てと言っているにも等しく、摘発する側もそれが分って捜査に踏み切っています、要は政敵潰し。

中国では汚職はご法度ですしあまりに阿漕なことをすれば腐敗分子として断罪されるので、他人(「義兄弟、親友、友人知人」)の名義を借りて利殖に奔走しているのが実情ですから、逮捕された90名の容疑者は然るべき要人や高官の「金庫番」と考えるのが妥当と考えられ、芋蔓式に習近平のお坊ちゃんにたどり着いても不思議ではありません。


北朝鮮では「次男後継説」に固執して見事に外した小誌でしたが、中国についても「習近平後継説」に与しないまま今に至っています。

太子党も一枚岩ではなく、共有する利害が多く出身母体が同じなので「話が分り易い」点は事実ですが、別に習近平氏を領袖と看做すことに心から承服している訳ではなく、あんな家格の低い輩の風下に立つのを快く思わない(共産主義に「家格」もへちまもないのですが)連中がいてもおかしくはなく、「我こそは太子党を束ねるに最適の人物」なんて勘違いするのが人間の楽しい所です。

習国家副主席の周囲に暗い影が差しつつあるのは事実で、鉄道利権は削りに削られ、中国版「総量規制」金融策により不動産バブル崩壊と株価底割れは現実となりつつあるので自身の懐が焦げ付いている可能性も否定出来ません。

窓口である周辺国は次々と見限り、陸軍は副主席の嫁さんがでしゃばり過ぎて主流派が現政権側に合流、そして今回の汚職捜査です。


おそらく来年秋の全体会議の直前、何らかの口実を設けて後継を辞退するのではないか、これが小誌の見解です。

問題は「如何に面子を立てるか」、形だけにせよ政治局常務委員の地位は保持させたうえで、副国家主席まで勤め上げた人物に相応の名誉職があるか、あります。

中国と言うのは融通無碍な部分が多く、それが決して悪いとは言いませんが「中国の常識は世界の非常識」としか解釈出来ない場面に遭遇することが多く、実は今もそれと向き合っているのではなく、中華人民共和国憲法と言うのは、中国人民協商会議(以下「協商会議」)が作成した草案を数年後に全人代が承認したと言う経緯があります。

尚、中国の現行憲法のどの部分に協商会議が規定されているのか、ご存知の方がいらっしゃったらご教示を請う次第です。

その政協会議、主席の顔触れが凄く、毛沢東(名誉主席まで務めています)、周恩来、鄧小平(文官としては常に次席に甘んじていた同氏としては珍しく主席に就任)、鄧穎超(周恩来夫人)、李先念、李瑞環、賈慶林(現職)、今の副主席には文革中に建物から落とされて障害者になった、鄧小平の息子もいれば、「新疆王」王楽泉も最近就任した筈です。(この部分概ねWikiのパクリ)


であれば習近平国家副主席のこれまでの「業績」を讃え、毛沢東と同格の名誉主席への横滑りならば、憲法を作った組織でもあるし、結成時に共産主義青年団もここに合流しているから目を光らせることが出来ますし、杜青林統一戦線工作部も副主席に名を連ねています。

「毛沢東しか就けなかった名誉な顕職」、これが鍵となります。


中国首脳もつくづく愛想が尽きたと思います、馬鹿な「のだ」総理に。

日中「戦略的互恵関係」強化を謳っていますが、な「のだ」総理にその精神が理解出来る筈がありません。

次期首相候補と目される李克強筆頭副首相と王岐山副首相の来日を招請したって、これ程の外交的非礼はありませんし、日本の情報収集能力の水準を喋った様なもので(次期国家主席と首相が掴めていない)、そもそも「日中戦略的互恵関係の中国側窓口は王岐山副首相」と明言しているのですから、その来日を招請する前提として、互恵関係強化の具体的議題の擦り合わせを始めていなければ辻褄が合いません。

小沢一郎を使って民主党政権「和平演変」を画しているのでしょう。

(続く)
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by 4kokintou | 2011-12-29 13:05

新体制は安泰

北の将軍様も命が尽きちゃいましたが、その息子の「大将」様の力量や思考回路は存じ上げませんが、中国が北朝鮮を「己の縄張り」と看做している限り、体制転覆は有り得ません。

しかし、此処からがややこしい話で、中朝はお互い唯一の同盟関係にあり、その関係は中国が盟主で北朝鮮が従者、しかも険悪な雰囲気が両国間に漂っていて、親分たる中国(胡錦濤政権)は三代目の「大将」殿を後継者として認めていません。

中朝関係は基本的に朝貢外交の延長ですから、代替わりの際は予め後継者と面談して貰うか、代替わり後にお目通り頂くかしかないのですが、中国側にその気はありません。

党中央政治局常務委員全員(9名)が、胡錦濤国家主席と温家宝首相の二班に分かれて在北京北朝鮮大使館を弔問、相手国の大使館に全ての要人が足を運んでその祭壇で弔意を表した以上、この9人は平壌での「国葬」に出席する義理は無くなりました。

それと前後して北朝鮮当局は国内居留外国人に対し「国葬」当日までに退去する様に要請、つまり「政治局常務委員は派遣しない、出席者はヒラの政治局員かそれ以下」と言う中国側の意思表示に対し、「それなら派手に接待する意味は無い、素寒貧なんだから少しでも質素に執り行いから、見られると拙いので外人は全部追い出しちゃえ」と言うのが、北朝鮮側の回答です。


将軍様のご逝去に伴い、その周囲に存在した北朝鮮なりの既得権益はそのままの位置に留まっているのに対し、権力を受け継いだ三男坊の周辺には利権が存在しません。

つまり既得権益を巡って「守旧派(旧将軍様派)」と「新興勢力(大将様派)」が争うことになるのですが、長男は中国で飼い殺しのため今のところは論外、とすると守旧派は次男を担ぐ公算もあります。

軋轢が表面化しますと中国の容喙を受けかねませんし、しかも三男は同盟国中国に代替わりを認められていませんから、国家運営次第では中国の介入を招くことになりかねず、手元に「長男」、遥か平壌には「次男」と言う切り札を中国は持っています。

そして北朝鮮情勢がどんなに蛇行しようが、それが内ゲバの範囲に留まる限り、中国は傍観しているでしょう。

「縄張り」とは、他人が手を突っ込むことは許されないけれど、その持ち主が煮て食おうが焼いて食おうが勝手です。

ですから今後、水面下で熾烈な権力闘争が展開されようと、多数の餓死者あ出ようと、国益にとって不利益でない限り、完全無視です。

それから親父の将軍様は中国側最高幹部と少なくとも「知り合い」でしたから、予告も無しにお召し列車で中国国内に突入する「列車特攻作戦」は使えましたが、知り合いでも何でもない「赤の他人」の三男が同じことをしたら、追い返されるか下手したら喧嘩沙汰になります。

(続く)
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by 4kokintou | 2011-12-24 11:37

ミャンマーとベトナム

習近平国家副主席が今月20日から3日間の予定でベトナムを訪問するとの由、同じ日の日経には温家宝首相のミャンマー訪問に関する憶測記事が掲載されていました。

結局、首相訪問は取り止めとなり、会議には戴秉国国務委員が出席することになりましたが、小誌見解では外交政策は


温家宝首相>(李克強筆頭副首相)>王岐山副首相>戴秉国国務委員>楊外相


の序列で決定されるため、いきなり首相級が出て行く訳にもいかず、国務委員辺りが妥当と言えます。

尚、日本の窓口は胡錦濤国家主席が直々に指名した王岐山副首相、この人物が日中外交で殆ど動いていないのは、日本の方に非があるとは言え、日中「戦略的互恵関係」が麻痺状態にあるからです。


習副主席が急遽(?)ベトナムを訪問する運びとなったのは、周辺からも崩されていく反胡錦濤勢力の「焦り」があると思われます。

中国では権力闘争の煽りを受けたりして、相手国の窓口となる要人が交代する場合があります。

見立てに誤りが無ければ、ロシアは呉邦国(全国人民代表大会委員長、江沢民派)から温家宝首相へ、北朝鮮は習近平副主席から李克強筆頭副首相へ、ミャンマーは副主席から胡錦濤の息のかかった人物へと窓口が変更しています。

ベトナムも危うくなったから飛んで行ったとも推測されます。

話は少しそれますが、先日の某国営放送の「視点、論点」と言う番組で、日中戦略的互恵関係を「二国間から多国間への関係の変化」、「エリートから国民同士の関係への変化」と捉えて喋っている輩がいましたが、そんなお門違いのことを滔々と披瀝しても出演料が貰えて顔が売れるのですから、やっぱり「半官半民」組織はこの際全て潰すべきです。


それにしても胡国家主席とその周辺は用意周到と言うべきか、頭脳明晰と言うべきか、ベトナムと隣接する省は、雲南省と広西チワン族自治区、そして首都ハノイの眼前にあるのが海南省、それらの背後にあるのが広東省です。

この内、雲南省と広東省は党書記が所謂「団派」(しかも広東省は政治局員)、海南省党書記は李克強筆頭副首相の部下だったこともありこれも現政権に近い人物、そして広西チワン族自治区の党書記の履歴は不明ですが、最近の人事異動ですからこれも国家主席の意向を反映した人物と考えられます。

すなわちベトナムは地理的にも窓口を親胡錦濤勢力で固められている訳で、「第二のミャンマー」になる寸前にあるのではないかと思われます。

習近平氏の次期国家主席就任を既定路線とみる各種報道機関の見解にどうしても与することが出来ない本誌でした。

(続く)
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by 4kokintou | 2011-12-16 23:41

尚武精神

武力を尊ぶ気風は世界各地に残っていまして、その多くは部族社会で徹底した男尊女卑、そして戦好きです。


面白いことに文化の中心地は意外と「文弱」で、「花の(華の)」とか「文化の都」と言った修飾語が付く様になれば軍事国家としては脱落です。

小誌は今に至るまで、「花の」や「文化の」と言った形容詞句を用いて説明した文章にお目にかかったことは無いですし、ドイツについても時に「文化」はあっても「花の」はありません。

欧州で言えばルネサンス以降の先進国はイタリア(の諸侯)とフランス。それに加えるとすればオーストリア(ハプスブルグ家)でした。

この仏伊(墺)からみれば、英普(後の独)露は周辺国の田舎者、相手にするのも煩わしい辺境民族でしたが、皮肉なことに後世、順に「海の覇者」、「陸の王者」、「なりそこないの超大国」にになりました。


中近東以西のアジアでは、インドと中国が「文弱」、面白いことに近代の前の近世においては、「文化水準=国力(軍事力)」だったと言え、欧州の仏伊にしても、アジアの中印にしても文化の中心地帯が最も栄えていて、四方を野蛮な辺境民族を抱えながら、アジアの場合は周辺を「同化(中印で大きな差がありますが)」することで繁栄を保ってきました。


産業革命は、人間に獣化を迫る側面があります。

その一番手、英国では国内で囲い込み等の優勝劣敗の原則が貫かれ、その余勢を駆って海外進出に乗り出しますが、未知の人種や民族と遭遇した時の判断基準は「尚武」か「文弱」かでした。

ですからインドではグルカ兵を植民地支配の手先に使い、アフガニスタンとパキスタンに棲息する一連の部族は「尚武の塊」みたいなもので、しかも東西交通の要衝でもありますからありとあらゆる武器が入手可能で、武器は一度作れば、材料さえあれば「自給自足」が可能です。

つまりインド支配における大英帝国の「二本の爪」はネパール(グルカ兵)でありアフガニスタンで、中国では上海と香港が直轄の出先機関なら、本国に代わって目を光らせていたのが、血統よりも「お家大事」、血筋より家格を大事にすると言う奇妙な国にして辺境国家日本でした。


その日本も奇妙な存在ですが、米国も説明がつかない部分がありまして、当時最大の獣たる英国から独立を果たしたのですから充分に、否、それ以上の獣なのですが、人間とは伝統的観念が好きで、中世までの(=独立同時の)格で言えば、仏伊(墺)が一等国、英普は二等国、米国民なんてそれ以下です。

しかも米国は生まれながらの野獣、でありながら「先輩野獣」大英帝国を好いていませんから、その「獣的生き方」には付いていけませんから、「自由と平等」なんて革命思想を掲げ、一方で反野獣外交とも言うべき「門戸開放政策」を訴えることになります。

ですから太平洋戦争と言うのは、「東西野獣横綱決勝戦」でもあります。

(続く)
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by 4kokintou | 2011-12-14 00:25

中国共産党の「唯一の強み」

以前に読者から、中東に於ける米英の力関係が、従来の「英主米従」から、第二次世界大戦を経て「五分の杯」に変化した事実をご指摘頂きましたが、その現実を他の列強は知っていたかも知れませんが、少なくともイスラエル建国を機に戦いを始めたユダヤ人(イスラエル軍)とアラブ人(アラブ諸国連合軍)は、その事実を知らされていませんでした。

ですからパレスティナを含めた周辺地域から英国軍が撤退した翌日から戦闘開始と相成った訳です。

歴史を学ぶ際、往々にして勘違いし易いのは、「老舗は意外と生き延びる」と言う点で、新参者より老舗を尊ぶ気質は洋の東西を問わないと思われます。


会田雄次京大教授(故人)の名著「アーロン収容所」では、ビルマ戦線に於ける自らの体験と武装解除後の捕虜生活が活写されていますが、(当時の)豪州兵の信じられない知的水準の低さや、精強なグルカ兵が卑猥画に滅法弱いことなどがあけすけに語られていますが、英国人のアジア民族、特にインド人に対する態度は「完全無視」、つまり同じ人間と考えていなかったと書かれていた記憶があります。(尚、同書には米国人は全く登場しません)

インド人もインド人で、英国人に卑屈なこと極まりなく、それでいて旧日本兵には「何でインドまで攻め込んできてくれなかった」と愚痴っているのですから、何をかいわんやです。

ならば時計の針を逆さに回すと、遡れば遡るほど英国人はアジアで存在感が大きく、刃向かうものが少ないことが分かります。

1945年の段階ですらこの有り様、太平洋戦争の勃発と同時に香港やシンガポールを日本軍に抜かれ、遂にはビルマからも転げ落とされる以前の大英帝国に逆らう植民地(人)がいる筈もありません。

グルカ兵は屈強だと認めたから大英帝国は傭兵として利用し、アフガンの諸部族に苦杯を喫したから、連中の「自治(=無法地帯)」に任せた大英帝国にとって「力だけが正義」であり、その頂点に立つのは己達との自負がありました。

ですが第二次世界大戦後の英国は人材、物資全ての面で枯渇し、その状況でソ連と対峙する必要がありましたから、自発的にインドを放棄したのであって、「非暴力不服従」や「国産愛用」が功を奏した訳でなく、ましてや武力闘争に敗れたからではありません。

その後のインドは非同盟(第三世界)の盟主的存在になるのですが、ここでいつも思うのですが、米国の世界戦略の立案者(当時)は揃いも揃って愚昧なのか、インドが空白地帯になることの危険性を予見出来なかったのか、それとも中国から叩き出されて(これも大失策ですが)インド洋まで手が出なかったのか、兎に角当時の米国の戦略は「稚拙」の一言です。


話を戻して、太平洋戦争勃発直前、既にヒトラー率いるドイツとの戦いに巻き込まれていた大英帝国は、ビルマにギリギリの兵力と装備を割けなかった筈で、重慶政権を支援する余裕はありませんでした。

それに租界や租借地の回収に初めて着手した蒋介石の重慶政権を積極的に支援する筋合いもありません。

加えて陸路は危険です。

小誌はビルマ・ルートの実質的出発点はアフガンからパキスタンに及ぶ無法地帯、あの小銃から重火器まで何でも流れ込んでくる、その一帯が丸ごと軍需工場の様なあの地域と考えています。

そして主流は空路、Wikiでビルマ・ルートを閲覧しましたが、大量輸送は無理ですし、そもそも運搬手段がありません。

次は水路、諸葛孔明の逆を行く訳ですが、空路でも水路でも普通なら無事を確保出来ません。

重慶を除く地域に物資を運ぶ際、必ず共産党員が立ち会って物資を捌いて分配していたのではないか、つまり「大英帝国御用達」、これしか説明がつかないのです。

(続く)
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by 4kokintou | 2011-12-13 00:30

ビルマ・ルート(承前)

本題に入る前に、例の中国の空母のほぼ正面からの写真が掲載されていますが、実用性から言っても美的感覚からしても、これ程までに無用で醜悪なものはありません。


http://japanese.beijingreview.com.cn/zz/txt/2011-12/07/content_410498.htm
中国空母、艦載機の搭載はいつ?


記事によれば主力機「殲-15」(F-15の紛い物?)の搭載はまだ先で、当面は哨戒用も含めたヘリコプターを積むとの由、あの「逆滑り台」は要らないと言うか、それなら最初からヘリ空母を購入すれば良いのに。

結局、空母購入は政権側(胡錦濤国家主席側)へと寝返った海軍への「ご褒美」の域を出ないと思われます。


ビルマ・ルートが本当に「援蒋ルート」だったのか、当時の大英帝国と蒋介石国民党重慶政権の関係からすれば、「反日」以外に利害の一致点は見出せません。

遡ること三国志の時代、成都を拠点とする蜀(蜀漢)の宰相、諸葛孔明は軍需物資の確保と徴用兵(使い捨て人材)の捕縛、更には打通による交易路を抑える目的から南征を試みましたが、その目的地は今のミャンマーだそうです。

孔明の立場であれば、重慶に立ち寄るのは「回り道」、しかもここから南進するには余りに急峻な山脈が待ち構えています。

具体的には「成都→重慶→貴陽(貴州省)→昆明(雲南省)」で終わりです。

そんなことをするより、何本かの河川を「梯子」して、雲南省西部から水軍を進発させて今のミャンマーに雪崩れ込む方が、人間は山間部より河川沿いに棲んでいますから、軍属としての原住民の拉致、物資の収奪、交易路の確保には、ラングーン(ヤンゴン)は無理としてもせめてマンダレー、百歩譲ってバモー乃至ミッチナー(今ではミチナー?)まで押し出さないと、南方交易路に足掛かりを得られません。

それにビルマにはイラワジ川(絶対にエーヤワーディ川なんて言わない)をはじめ、南北に数本の河川が国土を貫いていますので、其処に至らないと交易路には遭遇出来ません。


同じことは当時のビルマ駐留大英帝国軍にも言えることですが、その前に是非申し上げたいのは、当時のビルマは英領植民地であり、仮に米ソが「ビルマ公路」を使用して重慶政権を支援したいと思っても、日中戦争当時の最強国は「海の覇者」大英帝国で、「超大国の卵(雛)」や「出来損ないの陸の王者」が許可も無しにビルマと言う大英帝国の「縄張り」に土足で入ることは絶対に許されません。

つまりビルマ・ルートの主役は大英帝国、そして援助の窓口を蒋介石だけに絞る義務は全くありません。

因みにビルマ・ルートの出発点は今のイスラエル(確かハイファ、村松剛氏の著書に由る)、主役が誰かを如実に示しています。

(続く)
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by 4kokintou | 2011-12-09 02:28

ビルマ・ルートの正体

日中戦争(日華事変、又は日支事変)で蒋介石率いる国民党政権が重慶で逼塞していた頃、唯一の支援経路はビルマ・ルート(援蒋ルート)であると言われていました。

事実、相応の効果があったからこそ日本陸軍は一気にビルマまで占領し、支援網を断ち切りつつ絨毯爆撃で重慶政権を締め上げる算段でしたが、蒋介石は子飼い部隊のみの安全と食糧を確保することで、換言すれば現地人から食糧を奪い、空襲にさらすことで日本側の意図を挫きました。

まさに「小中華主義=身内主義」の面目躍如たるものがあり、仮に蒋介石によって中国統一が成されていたら、蒋介石本人が認める人間集団が「人=特権階級及び一級国民」とその他の「民=二級国民」に分類されていたと思われ、その小型版が転進後の台湾です。

ここで大事なのは、蒋介石なりの「四民平等」に対する解釈があり、「身内」の中には従来の客家階級も居れば黒社会出身者も存在出来ますし、宗族階級や胥吏階層、或いは軍閥出身者も参加を許されたでしょうが、それらはいずれも「蒋介石とその周辺の目が届く範囲」に限られ、必然的に「南風が北風を圧倒する」政権になります。

もう一つの特徴は、当時において数少ない親米反英政権であったこと、北伐を開始するにあたって満州帝国を実質的に承認することで当時の日本政府と手打ちしたのも、「小中華主義」の観点から絶対不可欠な「中国中枢部の統一」、それに伴う「租界、租借地の回収=国家主権回復」のためであって、最大租界はある意味満州帝国ですが、流石に「超大国の雛」であった大日本帝国と事を構える愚は避けるべきで、その点では賢明でしたが、結果的に中国側から沿岸部を「門戸開放」してくれた訳で、この時点で中国の政情に容喙出来るのは日米英のみ、領土の一部を占拠している日本に門戸開放する訳が無く、利権の奪回対象であった大英帝国にも呼びかける筈がなく、この瞬間だけ米国の独占状態になったのですが、やがて日本陸軍が蹴散らします。

皮肉なことに、大英帝国の利権を回収したのが蒋介石、その蒋介石率いる国民党が引き入れたのが米国、米国が漸く築いた対中利権の足掛かりを台無しにしたのが他ならぬ我等が帝国陸軍で、これだけでも米国からみれば戦争事由です。

大英帝国も米国の中国進出は避けたいところですから、日本が親米反英の蒋介石政権を蹴散らしてくれたことで内心はほくそ笑んでいたでしょうが、「空気は食えない」から食い物にありつくためには「空気は読まない」日本の態度をみて、まともな感覚の英国要人は頭が痛くなったと思います、「形式だけは租界や租借地を廃止しても良いから、何らかの形で英国の既得権益を残してくれ」と。

その大英帝国ですが、親米反英色の強い重慶政権を「本気で」物心両面で支援したかと言えば疑問符を付けざるを得ません。

(続く)
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by 4kokintou | 2011-12-06 23:54

ミャンマーをもう少し

いずれも北京週報からの引用ですが、今回のヒラリー国務長官ミャンマー訪問関連の記事の見出しだけ(それで充分だと思われます)を紹介しますと、「中国はミャンマーと西側諸国の接触強化を歓迎」、「ミャンマーで外交的賭けに出る米国」と、まるで他人事の様に報じています。

ミャンマーを自らの陣営に寝返らせておきながら、窓口は習近平国家副主席のまま、習さんからすれば立場がありませんし、胡錦濤国家主席とその周辺には、陰湿ですが切れ者が揃っている印象を受けます。

内政においては、陸軍を含めた習副主席の政治基盤を丹念に掘り崩し、外交では窓口役として大恥をかかせる、根気が要りますし緊張の糸を切らす訳には行きませんが、この種の権謀術数は中国人の最も得意とするところかも知れません。

例の嫁さんの彭麗媛陸軍少将が中国文学芸術界連合会の副主席に就任したり、記憶違いで無ければユネスコか何かの親善大使にも任命されていますが、これは習国家副首席を初めとする反胡錦濤勢力の焦りの表れと理解すべきではないでしょうか。


むしろヒラリー長官がミャンマーに赴き、権力側と在野の両方の首脳と面談した事実が大きいと思われます。

オバマ大統領が「ごーるどまん・さっくす」と袂を分った今、同社の最有力代弁者の一人が、政略結婚で娘を差し出してまでGS側と姻戚関係を結んだ国務長官ですから、ミャンマーの件と言うのは「胡錦濤政権とGSの握手」であり、裏を返せば「習近平氏や江沢民氏を含む反対勢力をGSが見限った」と断定しても宜しいのではないかと言うのが小誌見解です。

ですから反中央勢力の有力な一角である上海閥の「金のなる木」上海証券取引所は、世界が一時的にせよ同時株高で沸く中、むしろ下落傾向にあり、2,300ポイント割れが視野に入りつつあります。

江沢民一派は見捨てられたと仮定すると、最近の指数の推移は説明がつきますし、それと軌を一にするかの如く、「環渤海経済圏」が注目を浴びているのは、小誌が以前に勝手に命名していました「渤海総合(先物)市場構想」が現実味を帯びつつあるのではないかと推測する次第です。


もう一つ、今回のミャンマー騒動から得られた収穫は、折に触れて読者各位からご指摘を受けていた点、すなわち、米英の「微妙な」関係が小誌にとって腑に落ちつつある事実です。

まずミャンマーの政情ですが、従来の権力側と反政府勢力の対決は、振付師英国による自作自演の茶番劇ではなかったのではないかと言う疑問が湧きつつあります。

反政府勢力の象徴スー・チー女史の夫は英国人、同様の例を現代史に求めると、PLOの故アラファト議長の奥さんがフランス人、少なくともフランスの政治勢力の一部がイスラエルに冷淡だったのは、核兵器を含む様々な軍事技術をアラブ各国に提供していた事実からもうかがえます。(同時にイスラエルにも兵器を売却しているのですから、仏外交とは何ぞやと問いたくなります)

在野勢力に英国の影響力が想定される一方、ミャンマーの権力側の歴代の後ろ盾が誰だったかが問題になりますが、まず理解すべきは、対戦中のビルマルート(援蒋ルート)から分る様に、ミャンマーの最大の存在意義は「中国と英国の裏街道の連絡経路」だった点にあります。

ですから英国は同国の権力者にも影響力を行使出来る立場にあり、しかも戦後一貫して上海と香港を死守、この両都市がかつての大英帝国による中国侵略の前線拠点であり、その際にその走狗となったのが上海から揚子江(長江でしたっけ)沿いの、日本語で言うところの「反社会勢力」、或いは「黒社会」、「闇勢力」、突き詰めれば「幇」と言うことになるのでしょうか。

いずれにせよ中国側の窓口が、英国の出先の意を受けた、絶対に旧宗族階級とは縁の無い人間集団だとすれば、今回のミャンマーの一件は中国にとっても米英関係にとっても「革命」に値する画期的出来事だったのではないかと思われます。

(続く)
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by 4kokintou | 2011-12-06 00:00

中国は「理解」可能か

山東省副省長を務める黄勝なる人物が「重大な規律違反」(=要するに無茶苦茶な汚職)で解任されたと、邦字紙では日経新聞が報じていますが、この人物は人民解放軍出身だそうです。

山東省と言えば、かつての「新疆王」王楽泉氏を思い出しますが、王氏は新疆ウイグル自治区党書記に就任する際、多数の山東省出身者を引き連れて行きましたし、現地で「屯田兵」と称する私兵を多数養っていました。

私兵と言っても立派な軍隊ですから、練兵には専門家(つまり職業軍人)があたる必要があり、中国陸軍はいまだ統帥権が確立されていないらしく、少なくとも「山東省(軍)閥」が存在することになります。

ですから王氏の時代の新彊ウイグル自治区は「(半)独立国」と称されていたのですが、中央に刃向かうには軍事力の裏付けが不可欠ですから、その「屯田兵」を擁する自治区と結託しながら山東省は党中央に逆らっていたと考えるべきでしょう。

「新彊王」が失脚した今、それでも山東省は中央に服さなかったのでしょうが、今回の解任劇が突破口になって胡錦濤政権による「山東閥崩し」が本格化するのではないかと思われます。

今回の一件で痛手を蒙るのはお坊ちゃまこと習近平氏、厳密にはその嫁さんの彭麗媛少将及びその後ろ盾の陸軍の一部勢力と思われます。

「新彊王」の後任が人民解放軍出身者であることは、陸軍による現地「屯田兵」の吸収を意味しますから、陸軍の本流は現政権に忠誠を誓った筈で、分かり易く言えば「手打ち」が成り立った筈です。

それに対し「山東省閥」は党中央と軍中央の両方に刃向かってきましたから、必然的に「反胡錦濤派」に与さざるを得ず、それは習近平国家副主席への接近となって現われます。

その国家副主席殿、ミャンマーではヒラリー国務長官が体制側の最高権力者と反体制側の象徴的存在の両方と面会していて、面子丸潰れです。

この様な芸当は後ろ盾である中国の了解なしに出来ない話で、と言ってもこの場合の「中国」とは胡錦濤国家主席のこと、にもかかわらずミャンマーの窓口は習近平主席ですから、話がややこしくなります。

つまり胡国家主席は習「副」国家主席に対し、自分が米国側に了解を与えていながら「習君、ミャンマーの件は一体どうなっているのかね、宿敵米帝に土足で踏み込まれるとは何たる醜態かね」と言い得る立場にありますし、今回の山東省の件も然り、これで北京周辺に敵対勢力は存在しなくなります。

当然、遠くない将来に山東省党書記の首は飛びますし、「習君」の周辺から崩されることは必至です。

(続く)
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by 4kokintou | 2011-12-03 00:05

大丈夫か、習近平

習近平国家副主席殿の周辺が俄かに怪しくなりつつあります。

中国は外交そのものが利権ですので、ロシアは誰々、アフリカは誰某と言う感じで「縄張り」が決まっていて、それを胡錦濤国家主席や温家宝首相とその同志が切り崩してきた訳ですが、ミャンマーはどうやら習近平殿の「担当」らしく、同国の大統領を呼びつけたのはこれが二度目です。

何だかんだと言っても北朝鮮が中国にとって東の緩衝地帯とすれば、ミャンマーは南の砦、そしてインド洋への出口です。

しかも「お友達」の少ない中国としては、艦船が一旦中国沿岸を離れた以上、東シナ海から南シナ海を経てインド洋に入って一息つくことが出来るのはミャンマーしかありません。

ですから南沙諸島や西沙諸島で中国海軍が暴れているのは、自己顕示欲もさることながら少しでも海路の安全を確保したいとの思惑があるのですが、これで東南アジア全域を敵に回してしまったのですから勘定が合わないものの、権力闘争の余力を内政と外交に充てるお国柄ですから、それも致し方ありません。

海軍の「寝返り、暴走」とミャンマーの「造反」には明らかに関連性があると思われ、ミャンマーに隣接する雲南省の前党書記を更迭して中央ではないけれど共産主義青年団(共青団)出身者を後任に充てた人事をみる限り、海軍、ミャンマー、雲南省の動向は一括りで考えるべきです。

要は、国家副主席殿が迂闊だから「担当」のミャンマーが寝返ってしまい、「宿敵」米国の国務長官がミャンマーを訪問すると言う、あるまじき失態を習近平さんは仕出かしてしまいましたから、責任問題に発展するのはやむを得ないと言うのが小誌見解です。

江沢民氏の息子も失職しそうですし、李克強筆頭副首相も以前は国家副主席殿が頻繁に訪れていた北朝鮮に「外交デビュー」しています。

来年秋まで一波乱あると言うのが小誌見解です。

(了)
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by 4kokintou | 2011-12-02 00:22