現代中国考


現代中国に独自の観点から考察を加えます
by 4kokintou
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「近代」と「近代以前」の違い

中国を取材した報道に接した際、「警察は頼りにならない、夜になると暴力団を連れてくる」と言った主旨の被害住民の発言を耳にすることが少なからずあります。

警察が暴力団を養っている場合もあるでしょうが、「昼の顔」は警察官、「夜の本性」は暴力団と言う連中も多いのではないかと思われます。


重慶は可哀想な街で、大日本帝国陸軍に追いまくられた蒋介石が「ここまで来れば大丈夫だろう」と仮の首都としたのがこの地でしたが、「近代」を舐めんなよとばかりに日本軍が敢行したのが重慶爆撃、ゼロ式戦闘機が初お目見えしたのも一連の爆撃に於ける護衛機としてで、米国軍事顧問率いる米国製迎撃機は片端から撃墜されました。

その際に「焼夷弾の楯」になったのが現地住民、小中華主義の蒋介石のことですから、重慶が焼け落ちても子飼い軍団が無傷ならそれで良しと割り切っていたでしょう。

この時期の重慶現地住民は、軍糧を課され兵士として若者は徴集され、挙句に放り出されて焼夷弾の雨霰を逃げ惑い、そして蒋介石とその私兵達と言う余所者の安全確保のための防空施設建設に狩り出され、地獄絵とはまさにこのことかと言った光景だったでしょうが、抗日戦勝利も現地住民に幸福をもたらしませんでした。

国共内戦の期間中、状況が対日戦争時より好転したとは考えられませんでしたし、特に紅軍と言う名の中国共産党系弱小軍閥がこの地を占拠した時、「蒋介石に加担した人間集団とその拠点」ですから、街と住民全体が「懲罰、粛清、矯正」の対象と言えます。

そんなけしからん連中を紅軍が見逃す筈がなく、「漢奸」ならぬ「蒋介石奸」狩りは熾烈を極めましたでしょうし、その過程で富の強制移転も断行されたと思われます。

その上で重慶に「支配者」として乗っかったのが、薄煕来前党中央政治局員の父親薄一波率いる雲南軍閥、まさに「農村が都市を包囲する」ならぬ「地方(軍閥)が都市(民)を搾取する」、重慶は雲南派にとって「私領」に過ぎず、現地は忠誠を誓う「公安兼暴力団」に任せ、その裏付けが国営(国有)企業だったと考えられます。

それはならぬと党書記として現地に乗り込んだのが汪洋氏、真意は軍閥からの「重慶解放」にありますから民間滋養路線をとりました。

対して後任は雲南軍閥のお坊ちゃま薄煕来氏、前任者に「私領」の既得権益を散々削られていますので、「打黒」=暴力団追放運動と称して重慶現地人を片っ端から暴力団関係者として捕らえ、財産を没収して私欲(軍閥欲)を肥やしています。


汪洋広東省党書記(現職)の重要性を鑑みた場合、李克強「次期」内閣の陣容(=常務委員序列)を以前は下記の通りにしていましたが、第七位(張徳江氏)と第九位(汪洋氏)を入れ替えるべきと思われます。

1955年生まれですから10年間は党中央で活躍出来ますし、この人物が上位三傑に飛び込む可能性があるだけで、「団派式開放路線」の象徴になります。


第一位:李克強「国家主席、国家中央委員会主席」兼「「党中央委員会総書記」
第二位:王兆国「全人代委員長」
第三位:王岐山「国務院総理」
第四位:劉延東「政協会議主席」
第五位:令計劃「党中央精神文明建設指導委員会(思想統制、異端審問)」
第六位:李源潮「中央書記処第一書記」
第七位:張徳江「筆頭副総理」→第九位へ
第八位:何勇「党中央規律検査委員会書記(所謂「汚職糾弾委員会」)」
第九位:汪洋「中央政法委員会(諜報、公安、警察、検察、司法管掌)」→第七位へ

(続く)
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by 4kokintou | 2012-06-19 12:21

瑣事もゆるがせには出来ず ~広東攻防戦~

現執行部(胡錦濤国家主席)の追及の手が弛む筈もなく、各地で反対勢力が必死の抵抗を続けているのですが、そんな時こそ「本音」が出ると言うか、「反日」は顔を出しますし、まだ有効だったのかと言う「一人っ子政策」です。


日支事変(日華事変、日中戦争とも)関連の書籍を読んでいて、八路軍(紅軍)はひょっとして山東省、山西省、陝西省当たりの軍閥の寄り合い所帯ではないか、そう思えてくる訳です。

1937年の盧溝橋事件及び上海事変以降、蒋介石率いる「装備だけ近代化」国民党軍は、「骨の髄まで近代化、軍事思想は超大国の卵級」の大日本帝国軍に敗北を重ね続けますが、中国共産党が兵力を展開して多少なりとも抵抗したのが山東省と山西省付近で、朱徳総司令、彭徳懐副総司令、林彪第115師団長(「正式には「師長」らしい)、賀龍110師団長、劉伯承129師団と言う豪華顔触れ(と言うか毛沢東粛清一覧表)で、なけなしの4万5,000人を繰り出して迎撃したのが山西省(太原)、別の抵抗地帯が山東省(済南付近)でした。

国民党軍もそうですが、中国共産党の部隊も逃げるのが大得意で、「日本軍を引き込んで身動きが取れなくさせる」戦術と言う点では奇しくも両党(両軍)は一致していますが、それで重慶と延安に逼塞していたら何のことはない、安全な場所まで逃げたら其処だったと言うだけでしょう。

中国を考える場合、河川を単位に思考を巡らせるべきで、「黄河閥」とか「長江閥」と言った考え方も成り立つのではないかと愚考する次第で、上述の三省も「黄河閥」と言えますし、黄河の源流が何処にあるかは存じ上げませんが、「新彊王」王楽泉政治局員の出身地が山東省であるのも偶然ではないと思われます。


まずは「反日」から。

山東省の地方自治体政府当局が日本産輸入サンマ24トンを抜き取り調査したら「安全基準を超えるカドミウムが検出」されたとの由、東日本で獲れたと思われるサンマが中国に行ってたんだと感心しつつ、山東省のことですから「反日」に事寄せた党中央への抵抗と考えられます。

一方、陝西省では一人っ子政策を遵守すべく、妊娠七ヶ月の女性に強制堕胎手術を施し、当局は批判を受けて謝罪しているそうですがおそらく蛙の面に小便、党中央に対して「やれるものならやってみな」と挑発しています。

この陝西省は父親の代から習家の「私兵」でしょうから、習近平氏が胡国家主席に対し抵抗を試みていると考えています。


広東が燃えています。

党書記は汪洋政治局員、数年前の春節豪雨の時は、地元幹部から徹底的な面従腹背の洗礼を受けました。

広東省は「半独立王国」などと揶揄されますが、汪兆銘政権時の権力の源泉の一角でもあり、蒋介石は磨り潰す様に国民党南京政府の連中を「漢奸」として粛清しましたから、旧汪兆銘政権要人と中国共産党が手を握ると言う奇怪な提携が成立しています。

共産党との手打ちの際、広東側は一定の自治権と兵権の承認を求めているでしょうから、建国後もそれは守られたと推測されます。

共産党政権は毛沢東の大中華主義に基づきますから、実態は「中国共産党と言う流浪軍閥も含めた中小軍閥の寄り合い所帯」と言うのが小誌所見です。

その広東で汪洋党書記が実行に移しつつあるのが「自治組織や労働組合の直接選挙」(日経新聞より)、以前のお便りと重ね合わせて考えれば、「中国を共青団化するための実験場」がこの広東と言えます。

そして現政権が異常なまでに汪洋政治局員に肩入れするのか、あの薄煕来前政治局員との出世競争が取沙汰されていたこともありますが、汪洋氏の存在そのものが中国の将来を左右しかねないのです。


汪道涵氏(海峡両岸関係協会初代会長、因みに現職は陳雲林と言う、どう考えても陳雲元副総理と縁があると思わざるを得ない人物)を叔父に持つ汪洋党書記、叔父は台湾との交渉窓口を務めましたが、交渉窓口と言うのは往々にして利権の窓口で、特に中国の場合は裏社会出身者が握っていることが多いです。

その甥が1978年の共青団中央書記処書記を経て(やはりそれ以前に胡耀邦氏が共青団の門戸を開放したと推測されます)権力の中枢に登りつめつつある、旧宗族階級の反省とそれに伴って得た「寛容」と「開放(解放)」の精神、すなわち小誌が「近代への扉の鍵」を体現する人物、これが広東省党書記です。

寛容と言っても、近代を否定し国家を己の享楽の道具に使う連中や、公私の「私」を優先する輩(=太子党、親が偉いから自分も特権的地位を自動的に保障されるなんて中国憲法の何処を読んでも書かれていないし、そもそも太子党そのものが私的集団で中央集権の妨げです)は排除せねばなりませんが、出自がこれらに該当する人物でも、一定の手続き(=共青団的論理)に従って出世の階段を上るならば大いに歓迎と言う明快な意思表示が同氏の存在なのです。

だから汪洋党書記は絶対に常務委員入りしますし、反対勢力は殺してでもそれを阻止したい人物です。

中国が近代の扉に手が届くのか、答えは1年以内に出ます。

(続く)
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by 4kokintou | 2012-06-19 00:37

李克強政権の政権公約

胡錦濤政権の最後にして最大の仕事が、「太子党(革命宗族)や上海閥等裏社会出身者集団、及びそれらの後ろ盾たる軍団(私兵)領袖の一斉粛清、壊滅」にあるとすれば、後継者たる李克強政権の使命と言えば、実はこれも胡国家主席が明示してくれています。

ここで前回までの纏めとして「次期李克強政権陣容」を再掲させて頂きます。(数字は党中央政治局常務委員における序列)


第一位:李克強「国家主席、国家中央委員会主席」兼「「党中央委員会総書記」
第二位:王兆国「全人代委員長」
第三位:王岐山「国務院総理」
第四位:劉延東「政協会議主席」
第五位:令計劃「党中央精神文明建設指導委員会(思想統制、異端審問)」
第六位:李源潮「中央書記処第一書記」
第七位:
第八位:何勇「党中央規律検査委員会書記(所謂「汚職糾弾委員会」)」
第九位:汪洋「中央政法委員会(諜報、公安、警察、検察、司法管掌)」

ご覧の様に第七位が抜けていましたので、今回補充致ししますが、現在の常務委員会序列第七位は他ならぬ李克強氏で、同氏は「国務院筆頭総理」ですので、この条件を満たす人物はと言えば張徳江国務院副首相(兼重慶市党書記←早々に団派の腕利きが派遣)です、但し5年限り。


話を戻して、胡錦濤国家主席が次期政権に託す最優先引継ぎ事項とは何か、中国報道機関が語っています。

「中国の不良債権、2013年以降も急増」(これは日経)
「中国、地方政府の簿外借り入れを調査」(これもWSJ)

要は各省を初め末端の地方政府に至るまで、政府系(この場合は「自治体系」か)投資機関が不動産や株式に投資した挙句に、膨大な不良債権を計上しないまま「含み損」の状態で抱えているのが現状で、この無数の時限爆弾が炸裂する前に処理し、併せて各段階の自治体を掌握し中央集権を図ろうと言うのがその主旨です。

それには胡錦濤主席の権力闘争勝利が大前提となりますが、胡主席が今戦っている相手は多岐に亘ります。

胡錦濤対太子党:
これは太子党=革命宗族の力の源泉でもある、それぞれの子飼いの軍閥の壊滅もその目標に含まれます。

胡錦濤対上海閥:
上海閥に代表される裏社会階級出身者を一網打尽にしなければ、中国は相変わらず「昼の顔」と「夜の顔」をもつ奇怪な国家であり続けます。

これに関連して、

胡錦濤対常務委員会反対勢力:
呉邦国、賈慶林、李長春、習近平、周永康、これらの連中に引退後も長老として隠然たる勢力を持たせるか、答は出ていると思われます。

そして何より、

胡錦濤対陳元:
これは「劉少奇・鄧小平・胡耀邦」並びにその周辺の非業の死を遂げ、或いは屈辱に塗れながら生を断たざるを得なかった無数の同志の後継者と、「毛沢東・江青・康生・陳雲」と続く、それらの生血を啜りながら革命の「恩恵」を享受している集団との、感情的にも政治信条的にも中国の将来を決するうえでも避けて通れない「生きるか死ぬかの妥協なき一騎打ち」です。


さて、どうやら逃げ回っていた「宿題」の答を出さねばならない段階に至ったようです。

そもそもお便りを正しく理解しているのかが問われるべきかも知れませんが、そこは目を瞑って頂いて「暴走」させて頂きます。


その前身の社会主義青年団を含め、中国共産主義青年団(共青団)はその設立当初「伝統宗族(旧宗族)の名家出身の共産主義者集団」だったと言う小誌推論はご存知の通りです。

それまでの腐敗し切った宗族階級から脱皮するための試行錯誤と言えましょうが、当時においても曲がりなりにも支配者側に身を置いていたと言うこと、そして宗族に対する各階層の憎悪が生半可なものでなかったと言う致命的弱点を、その発足時から抱えていました。

最大の欠点はその閉鎖性(孤立)と文弱(頭でっかち、だから中国共産党より先に創設された)、そして武(軍事)に対する無関心です。

そして共産中国の実態とは何だったか、文革でも粛清対象の最後にこっそりと「右派」の二文字が添えられていますが、「右派=旧宗族階級」だとすれば、1949年から文革終結時(1980年)の中国の歴史はまさに「反右派闘争=宗族殲滅戦」でした。

ですから一人っ子政策(宗族子孫根絶やし)も人民服(服装は礼節の基本)も下放(宗族間の絆断絶)も、この観点から読み解く必要があると思われます。


遅くとも李源潮(後の政治局員、共青団中央書記処書記を経歴)氏が団派の長になる時期には、共青団は入団規則を緩めて旧宗族階級にも「開放」しましたが、それに至るまでには深刻は反省を強いられたと考えられます。

すなわち如何に孤立し外部から憎悪の的となっていたのか、軍事力を持たないことが如何に無力なのかを嫌と言うほど思い知らされました。

私見をお許し頂ければ、文化大革命(=右派抹殺大作戦)が未完に終わったのは、出身階級(胥吏≒国務院)を守るために毛沢東(裏社会)や林彪(軍閥)と結託した周恩来が、一方で番頭とも言うべき宋平を使って旧宗族階級の名家出身者を匿ったこと、これは余りに酷すぎると言う素朴な感情もあったでしょうが、宗族階級を葬った後の矛先が胥吏階層に向かわない保証が無いと言えなかったからで、つまり周恩来は或いは見殺しにしつつ(劉少奇他)、或いは匿うことで恩を売りながら文革推進派に対する楯になることを強いながら、国務院を死守することで毛沢東の野望を挫いたと言えます。

それと皮肉なことに、その失脚時にすら子飼い部隊(つまり「私兵」)を擁していた鄧小平の存在、そして日米ソを中心とする海外情勢があります。


旧宗族階級は胥吏の頭目の匙加減で族滅を免れ、四川省出身の客家の腕力に助けられ、中国を巡る海外情勢の変化がこれ以上の文革の続行を不可能にしました。

敵対する「裏社会」、「軍閥」から身を守り、強靭な防衛網を築くにはまず門戸開放が前提条件で、特に「裏社会、軍閥、胥吏」以外の階層(と言うことはほぼ全ての国民)から人材を集めて団派を再編成することは焦眉の急と言え、おそらくこの決定を下したのは1953年から1978年まで党中央共青団第一書記を勤め上げた胡耀邦氏でないと出来ない「荒業」だと思われます。

(続く)
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by 4kokintou | 2012-06-15 12:36

死闘の結末 ~承前~

本題の「組閣」に入らせて頂きますが、その前に何人かの要人が漏れていましたので付け加え致します。


何勇:党中央委員、党中央書記処書記、党中央規律検査委員会(小誌の解釈では「汚職摘発委員会」)では、賀国強書記の次席幹部。

令計劃:党中央委員、党中央書記処書記、弁公庁主任(要は秘書室長)、党中央共産団出身。


二階級特進があるとすればこの両名でしょう。

それ以外の注目人物は胡春華(内蒙古自治区党書記、党中央団派)、張平国家発展改革委員会委員長、杜青林党中央統一戦線部長(党中央団派)でしょうか。


さて組閣を始めますが、常務委員会の定数は従来通り9名とし、序列と特命も今の状況を踏襲すると仮定します。(党中央政治局常務委員の肩書は略、全員が該当しますから)


序列第一位:
李克強「国家主席、国家中央委員会主席」兼「「党中央委員会総書記」

第三位:
王岐山「国務院総理」

第四位:
劉延東「政協会議主席」


ここまでは簡単なのですが、まず候補者、次に序列と特命を記しますと以下の通りになります。

候補者:李源潮、汪洋、何勇、令計劃

序列及び特命
第二位:全人代委員長
第五位:党中央精神文明建設指導委員会(思想統制、異端審問)
第六位:中央書記処第一書記
第八位:党中央規律検査委員会書記(所謂「汚職糾弾委員会」)
第九位:中央政法委員会(諜報、公安、警察、検察、司法管掌)

残り5議席で4名の候補者ですから余りますが、とりあえず入れていくと次の様になります。


第二位:全人代委員長
第五位:令計劃「党中央精神文明建設指導委員会(思想統制、異端審問)」
第六位:李源潮「中央書記処第一書記」
第八位:何勇「党中央規律検査委員会書記(所謂「汚職糾弾委員会」)」
第九位:汪洋「中央政法委員会(諜報、公安、警察、検察、司法管掌)」

汪洋氏と令計劃氏は入れ替えた方が良いのかも知れません。

残るは第二位の全人代委員長、小誌なら特例を承知で王兆国を入れたいです。

すぐに勇退するでしょうが、苦労した人の花道を飾ることも大事な礼節です。


さて、新政権の組閣を通して、漸くご意見に対する弊意開陳の準備が整ってきたと思われます。

次回は永らく宙吊りにしていた宿題「共青団の本質と展望」に迫りたいと思います。

(続く)
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by 4kokintou | 2012-06-14 15:18

悪鬼羅刹の如く ~承前~

こうして中国の次期政権の陣容を予想するための準備作業をしていると、反対勢力(政敵)を根こそぎ葬ってしまおう、毛沢東と劉少奇に始まり、鄧小平と陳雲が引き継ぎ、その過程で(実質的に)非業の死を遂げた胡耀邦、趙紫陽(以上敬称略)等が関わった中国の構造的な権力闘争に決着をつけようと言う、胡錦濤国家主席の決意がひしひしと感じられます。

習近平国家副主席が訪米の際に使った「新型の(一部報道では「新しい」)大国関係」と言う表現に関して、先日の政治局集団学習の席上、主催者として「工業大国から工業強国への転換に努力」と発言、お前如きが「大国」なんて言葉を米国相手に使うんじゃないとも取れますし、「強」と言えば李克「強」を思い出すのはうがち過ぎでしょうか。

胡国家主席の追及の手は金融界にも及んでいまして、見出しだけを追っても、「中国五大銀行、詳細な役員報酬を公表」(最高は農業銀行総裁の173万人民元)、「中国商業銀行、資本管理の新基準を試行」、そして先日の日経新聞によれば、「中国の大手銀トップ、相次ぎ不正調査」だそうで、今回の標的は中国郵政貯蓄銀行と農業銀行だそうですが、前者はおそらく日本流に言えば(政府系)政策銀行、中国の政策銀行と言えば、あの陳雲元副総理の息子である陳元総裁が率いる中国国家開発銀行が脳裡に浮かびます。

胡錦濤と陳元、因縁と言う表現で片付けるには余りに根深い両者の最終決戦です。


中国共産党中央政治局常務委員の定年は68歳、ですから就任時点で67歳以下なら次の改選時まで身分は保証されますが、68歳を越えていると改選されないので、仮に全体会議が来春の全人代と同時期まで先延ばしされたと仮定した場合、1945年3月乃至4月生まれは年齢制限に引っ掛かることになります。


回良玉:「漢回(漢族系回教徒)」、異民族や異教には一定の「枠」があると思われます。

劉淇:北京市党書記ながら1942年生まれ

劉雲山:
党中央宣伝部長。1947年生まれなので微妙、団派でもなく国務院に地歩もなく、軍人出身者でもないので「成金宗族=裏社会出身者系?」

劉延東:
胡国家主席の愛人と読んでいます、団派出身(党中央共青団書記処書記)、「女性初の政治局常務委員」の触れ込みで昇格すると推測しますが、実力不足なので名誉職しか与えられません)

李源潮:
父親が地方の長になっているので「二流の太子党」とも言えるが、順当に考えれば「共青団の切り札」、現職は党組織部長(=人事部長)権党中央書記処書記、だから2007年以降の人事でこの人物が関わっていないものはなし。1950年11月生まれですから2013年から10年間、常務委員を務めることが可能。
おそらく同氏が上海共青団に入団した1982年頃から(奇しくも文革終結と軌を一にしている)、旧宗族階級以外の団派への入団が認められたのではないかと思われます。

汪洋:
1955年生まれ、汪道涵の甥と言う点では太子党だが、出身は安徽省、1981年には現地共青団への加入が確認されている。何故かは不明だが、あの薄煕来の好敵手と目されていた。重慶市党書記時代に「民間優遇、国有企業=軍閥と裏社会の巣窟」退治に乗り出すも、後任の薄さんが元の木阿弥に。現職は広東省党書記、おそらく広東閥解体に邁進中、当然常務委員入り。

張高麗:
1946年、福建省生まれで山東省で要職歴任、石油畑で現在天津市党書記ですから、経済派閥と山東閥、それに福建閥の全てから支持を受け得る人物、「順当にいけば」常務委員へ昇格。

張徳江:
薄さんの後任で現在は重慶市党書記、経歴から言えば浙江省や山東省の党書記を務めている江沢民人脈に連なる人物、遼寧閥だから李長春の後釜格、常務委員入りは微妙。

兪正声:兪啓威(祖母が曽国藩の孫娘で、浙江省紹興出身、江青と愛人関係にあった人物、息子を康生の養子に出すくらいだから上海閥系原理主義者?)の息子で、妻は張愛萍・元国防部長の娘の張志凱。現職は上海市党書記。
父親と並んで検証すべき人物と思われます。

徐才厚:軍人一筋で吉林閥、遼寧省出身、年齢制限もあり論外。

郭伯雄:軍人、陝西省生まれで蘭州にて軍歴を積む、定年で隠居


薄熙来:番外だけど、雲南軍閥の御曹司であることが今回の失脚劇で判明、「太子党あるところに子飼い軍閥あり」と教えてくれた恩人。


次回は「李克強内閣名簿」を作成します。

(続く)
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by 4kokintou | 2012-06-13 15:22

燃える重慶、燻る山東省、やがて現体制の常務委員会を襲う「粛清」

失脚した薄煕来元政治局員(雲南軍閥が後ろ盾の太子党)が図らずも吐露した様に、重慶における一連の施策、すなわち「民間部門を抑圧、搾取しつつ富を国営部門に強制移転させ、それを己を含めた太子党(子飼い部隊を擁する革命宗族)やその周辺での山分け」策は、諜報、公安、警察、検察、司法党を握る党中央政治局常務委員である周永康中央政法委員会(同時に推測が正しければ浙江省の領袖)の支持を得たものでした。

簡単に言えば「浙江省雲南省合作」ですが、その背後に間違いなく控えていると思われるのが上海閥(裏社会系成金、当然と言えば当然)、山東閥(現段階で首領不明)、陝西省軍閥(習近平国家副主席)、そして遼寧閥(李長春、党中央精神文明建設指導委員会委員長)です。

余談ながら、遼寧省と山東省は、北京からみて指呼の間にあります、住みたくないです、命が欲しいから。

そしてこのままですと、私兵の軍団を擁しながら「惜しまれつつ」勇退し、長老(或いは元老)と言う「絶対に失脚しない立場(常務委員時代の功績を勘案するとそう言う結論になります)」に、太子党の連中が収まることを、団派を含めた、胡錦濤国家主席とその同志達が許すかと言えば、力不足でなければ断じて否です。

そして次期政権の最高権力者(政治局常務委員序列第一位)が誰になるかは別として、胡国家主席や温家宝総理が絶対に手放したくない常務委員の序列と役職は、

第五位:党中央精神文明建設指導委員会(現職李長春)
第六位:中央書記処第一書記(習近平)
第八位:党中央規律検査委員会書記(汚職糾弾委員会、賀国強)
第九位:中央政法委員会(周永康)

ですからこの反胡錦濤勢力を形成する(賀国強を除く)三名と、呉邦国全人代委員長(第二位)、賈慶林政協会議主席(第四位)を、親胡錦濤集団は今秋(一部で延期説も)の全体会議と来春の全人代までには、必ず葬るとみるべきと思われます。


以下にヒラの政治局員を列挙しますが、革命宗族「太子党」と裏社会出身成金「上海閥」の衰退が見て取れます。


王剛:
曽慶紅系、してみると上海閥か、所謂「秘書畑」、政協会議に片足を突っ込んでいる。1942年生まれなので年齢制限で勇退。


王楽泉:
ご存知「新彊王」、地元は山東省、この人物かその上席の人物が「習近平の嫁さん」の後ろ盾と思われる。革命時に地元の革命委員会主任を歴任しているから、「裏社会系文革宗族」とでも言うべきか。
山東省の兵権はこの人物が掌握し、新疆ウイグル自治区は山東閥の植民地と化していたが、同自治区党書記は更迭され、現地の「屯田兵(その多くは山東省出身の子飼い部隊と思われる)も解体、多分「政協会議送り」も地元の威光は衰えていなかった。

ご存知の通り、今の中国の権力闘争は治安部門の席を巡って火蓋が切って落とされます。

山東省もご他聞に漏れず、同省党政法委員会書記(治安部門最高幹部)の更迭人事が発表されました。

順当に考えて、山東閥(と「公安の鬼」周永康)の影響力を削ぐことが目的と思われ、山東閥と上海閥(=裏社会系成金宗族)を叩くうえで一石二鳥です。

もっとも、重慶では党中央が送った団派出身の重慶市公安局共産党委員会書記が「瞬殺」で解任、現地の反中央勢力の根強さがうかがえます。


王兆国:
団派、共青団中央書記処第一書記としては胡国家主席の先輩、年齢制限で引っ掛かるが、何らかの処遇を受けると思われる。
この人物の履歴を読む限り、鄧小平が共青=旧宗族階級の理解者で最大の擁護者であることが分かる一方、胡耀邦と共に、胡錦濤国家主席と温家宝総理と言う雛鳥が無事に飛翔するための「捨石」になった感があり、この人物をそれに相応しい扱いをしなければ胡さんも温さんも人間ではない。


王岐山:
保守派の頑固親爺、姚依林の娘婿だから太子党と言う認識は短絡的過ぎると思われる。
国務院に籍を置いて副総理として日中「戦略的互恵関係」の窓口(胡国家主席直々の指名)、米中戦略経済対話では文字通り「鬼の門番」を務めているのだから、次期国務院総理(常務委員会序列第三位)が順当と考えられる。


回良玉、劉 淇、劉雲山、劉延東、李源潮、汪 洋、張高麗、張徳江、兪正声、徐才厚 、郭伯雄、、薄熙来については後述。

(続く)
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by 4kokintou | 2012-06-12 13:48

百面相

お便りを読み直しながら、中国人であることは大変だなあとつくづく感じ入った次第なのですが、中国人の名刺には表(公職)と裏(中国共産党員としての立場)があることは読者各位もご存知の通り、これだけでも気の重くなる話なのですが、その他にも「昼間の顔」と「夜の顔」を持っていたり、文字通り「地方の顔」だったりと、忙しいことこの上ありません。

6月10日付日経新聞朝刊記事「中国動かす経済派閥」は、中国総局長が署名入りで認めただけあって迫力のある一説でした。

それによると石油閥と機械工業閥があり、前者の領袖は長老格の曽慶紅「元」国家副主席(国家副主席でも国家主席に昇格するとは限らない例と言えます)、これに連なるのが周永康党中央委員会政治局常務委員だそうで、しかも「義兄弟」の関係を結んだらしいです。(この記事では賀国強常務委員も石油閥に入れています)

機械工業閥の雄は江沢民「前」国家主席、続いて呉邦国全人代委員長(政治局常務委員)、賈慶林政協会議主席(同左)との由、やれやれ政治局常務委員は反胡錦濤勢力の巣窟にみえてきます。


ここで常務委員以外も含めた政治局員を独断と偏見で色分けしますと、次の通りになります。
(上位9名の「党中央政治局常務委員」の肩書は割愛します)

胡錦濤:
公務(名刺の表面):「国家主席」、「国家中央委員会主席」
党職(名刺の裏側):「党中央委員会総書記」
出身母体(派閥):「党中央」の中国共産主義青年団(共青団、或いは「団派」)
軍閥(軍団、私兵):おそらく無し
経済派閥:強いて言えば「利水畑?」

呉邦国:反胡錦濤派
公務:全人代委員長
党職:略
出身母体:成金宗族(裏社会=上海閥)、軍隊(父親在籍)、従ってある意味「軍部系太子党」
軍閥:貴州軍閥
経済派閥:機械工業閥

温家宝:天津出身
公務:国務院総理
党職:略
出身母体:「国務院=旧胥吏集団との小誌仮説に従えば胥吏階級
軍閥:無し

賈慶林:反胡錦濤派
公務:政協会議主席
出身母体不明ながら江沢民に忠誠を尽くしている点を考慮すると成金宗族(裏社会出身=上海閥)
軍閥:むしろ「地盤」と言うべきかも知れないが福建省
経済派閥:機械工業畑
汚職疑惑を抱えているが、現段階では逃げ切っている。

李長春:反胡錦濤派(と言うより反温家宝派」)
公務:略
党職:党中央精神文明建設指導委員会(おそらく思想統制、イデオロギー担当部署、旧ソ連で言えばスースロフ的存在で一種の異端審問所)
出身母体:遼寧省・大連閥
軍閥:遼寧省の軍権(統帥権)を実質的に握っていると推測される
周永康と共にサイバーテロ部隊管掌

習近平:反胡錦濤派
公務:国家副主席、国家中央軍事委員会副主席、
党職:党中央軍事委員会副主席、中央書記処第一書記、党中央学校校長
出身母体:軍閥系太子党(小誌見解では太子党の必要条件として私兵の指揮権を挙げているので厳密には「軍閥系」は不要)
軍閥:陝西省の部隊(父親の子飼い部隊)、それから遼寧省と並ぶ反中央の一角の山東省の軍閥とはおそらく嫁さんの縁で繋がっている
地盤:浙江省(軍まで掌握しているかは不明だが、勢力を張っているのは間違いなし)
全てを知る浙江省の女性実業家の口封じを図ったが胡錦濤主席周辺がそれを阻止、おそらく命と引き換えに洗いざらい喋っているから、国家主席就任も微妙だし、仮にその座を射止めたとしても次の瞬間から権力は形骸化するとみられる。

李克強:
公務:国務院常務副総理
党職:略
出身母体:党中央共青団、胡国家主席と同じく安徽省出身、胡氏と並ぶ旧宗族系名族の出身と思わ、定遠と聞けば李鴻章を連想してしまう
軍閥:おそらく無し
小誌は次代国家主席と踏んでいる。

賀国強:反胡錦濤派(?、小誌は疑問視)
公務:略
党職:党中央規律検査委員会書記(=現段階では「汚職摘発委員会」と言い換えて差し支えないと思われる)
出身母体;推測の域を出ないが、毛沢東の妻の実家周辺ではないかと仮定、「建国の父」の嫁の実家と言う、中国に「家格」と言う概念があるとすれば最高級に属するとの自負があると考えら、並みの太子党や軍閥は相手にしていない、ましてや成金宗族=上海閥は。

周永康:反胡錦濤派
公務:略
党職:中央政法委員会(諜報、公安=治安維持=警察と検察、司法を管轄)
出身母体:浙江省出身、親江沢民反胡錦濤職が最も鮮明、成金宗族だと思われる
軍閥:あるとすれば浙江省、習近平氏が此処を含め上海の頂点に立っているのは「箔を付ける」意味合いもあると推測される。

(以上「常務委員」)


ヒラの政治局員はあらためて、それから重慶に次いで山東省が燃えています。

(続く)
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by 4kokintou | 2012-06-12 02:35

太子党の正体

いずれ次期中国政権の顔ぶれを予想したいと考えていますが、候補者を選別するうえで今回の薄煕来氏の一件は、何がしかが示唆を与えてくれるのではないかと思われます。

要は「太子党とは如何なる存在意義を持つ人的集団なのか」、「胡錦濤国家主席とその周囲は今後も太子党の存在を許すのか」と言う問題に逢着します。

(相変わらずWikiにはお世話になりっぱなしですが、今回は本日=6月7日付日経新聞朝刊記事「重慶、民営育成に転換」をご参照頂ければ幸いです)


小誌推測が正しければ、習仲勲元副総理(故人、習近平氏父親)は陝西省を根城とする軍閥(私兵集団)の領袖、薄一波元総理(同左、薄煕来氏父親)も雲南省軍閥の長であり、現地軍閥からすれば太子党は「我等親分のお坊ちゃん」な訳です。

そして両元総理とも早くから中国共産党に入党し軍事行動に従事していますが、これを有体に言えば「食い詰め者」です。

その食い詰め者と仲間達が、その動機の如何は兎も角、共産党に入党し時代を経て中国共産党が天下を取ったことで支配者の側に回った「食い詰め者とその弟分達」の子弟が今日の太子党ではないか、そう考えられます。


この集団の思考経路の特徴は、「自分達は革命を成就した階層の属する、(本誌で言うところの)革命宗族だから、綺麗事に終始して汚い話は全部裏方=反社会的勢力に任せる」傾向が強く、それから共産中国建国(と言う名の「蒋介石追放劇」)に英国が深く関与していた経緯から、英国(系諸勢力)との結びつきが強い点が挙げられます。

換言すれば、反社会的勢力と結託していますので、江沢民に代表される上海閥(=裏社会系宗族)と親和性が強いのですが、太子党は内心、裏社会系宗族連中を心から軽蔑している筈で、上流階級意識が強烈なのが特色とも言えますし、太子党=革命宗族と、上海閥に象徴される裏社会系宗族を結びつける役割を果たしていたのが英国と言えます。

つまり英国からすれば、中国における利権を簒奪する蒋介石は万死に値する一方、革命が成就した瞬間に共産主義中国を国家として承認した程、共産中国は英国にとって旨みのある存在だったと言えます。


毛沢東を誉めるとすれば、中国共産党内(むしろ「内外」か?)の諸軍閥(=食い詰め者、或いは「一旗(挙げてやろうと狙っている)組」)を統率する一方、裏社会を掌握していたからこそ「建国の父」になれたのでしょうが、英国との窓口ではないですし、スターリンは徹底的に毛沢東を毛嫌いし蒋介石に与していましたから(おそらく大中華主義の毛沢東が「外蒙古」を要求し、小中華主義の蒋介石は少なくとも全土統一まで「外蒙古」返還を口にしなかったため)、ソ連が共産党中国成立に手を貸すわけがありません。

この英国との交渉の窓口(渉外責任者)が誰なのか、これが分かれば「国共内戦で圧倒的不利な中国共産党が勝利した理由」は解明出来ます。

「本命周恩来、対抗陳雲」と言う文章が脳裡でこだましているのですが、一層の検討が必要と思われます。

(続く)
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by 4kokintou | 2012-06-08 00:18

例によっての道草 ~「下放」論~

文革期に盛んになった「下放」ですが、この都市在住若年層の地方への(強制)疎開は、旧宗族系の多くが都市住民であることを踏まえた場合、その子女を地方へ移すことは、やはり宗族系共産主義勢力(=団派他)を蛇蝎の如く嫌う毛沢東発案の政策と思われますが、その「下放」にも色々あって、嵐が通り過ぎるまで北京に「下放」されていた薄煕来(今日は全て敬称略)や、父親の子飼い部隊の庇護の下、これも流動する政局から身を潜めていた習近平の様な例もあります。

深刻なのは旧宗族階級で、永らく文民であったが故に頼るべき軍閥がなく、それが仇となって次々と「毛沢東・江青・康生」の上海閥の毒牙にかかりました。

そのまま推移すれば「旧宗族根絶やし」も実現していたかも知れませんが、その事態を救ったのが胥吏階級(≒国務院官吏)の名家で元締め的存在の周恩来、番頭的存在であったと思われる宋平(本名宋延平)甘粛省党第一書記(当時)が、胡錦濤や温家宝と言った後の有為の人材を現地で保護していました。

宋平は後に江沢民後継として、鄧小平の同意を得て(と言うか宿願成就のため)49歳の胡錦濤を党中央政治局常務委員に推挙していて、劉少奇より始まる思想的松明は細心の注意を払いながら今に至っているのですが、その代償が「劉少奇野垂れ死に」で、不本意とは言え「毛沢東・林彪・周恩来」同盟に加わって劉少奇を酷い死に至らしめた周恩来に対し、宋平に庇護された当人達が複雑な思いを持つのも致し方ありません。


下放については本当に辛酸を嘗めるような下放だったのか、ぬるま湯下放だったのか、個別に見極める必要があります。

それから習近平については先妻の父親が駐英大使と言うのは偶然か、少し考えてみる必要がありそうです。


円と人民元の直接取引が始まったかと思えば、中国当局が外貨準備として保有する日本国債の規模を拡大、2011年末段階で残高は18兆円相当に達しています。(ここだけWikiではなく日経)

債券価格上々を見込んでの鞘取りの一環とも読めますが、当面は価格の変動(=金利の上下)に関係なく買い進むと思われます。

まず資金をユーロからそれ以外の金融商品に向けねばならず、と言って安全資産と言えば米国債ですが、これ以上の米国依存は好ましくありません。

政治的観点を除いても、消去法から日本国債が浮かんできます。


職業保守は明日にも日本が中国に呑みこまれんと憂いて右往左往し、左翼は職業がつこうがつくまいが事態を正確に解釈する能力に欠けていますのでその本質そのものが分かっていませんが、円と人民元の直接取引の真意は、円と直接決済出来るかにみせることで人民元の信認を高めることに尽きます。

つまり裏書きしているのが円で、中国は日本の国力を後ろ盾に通貨に対する信頼性を高める考えで、一種の通貨改革(幣制改革)」と言えます。


中国(と言うか胡政権)の立派なところは、好悪の情は脇に置いて日本と言う劇薬を飲み干したことで、かつてその支配下にあって日本を知るうえで遥かに有利な立場にあるにもかかわらず、駄々をこねて周囲が敵だらけになったのが韓国です。

韓国当局はこの数週間で70億ドルのドル売りウォン買い介入を実施したらしく、誰も助けれくないどころか、これを好機とみた三代目率いる北朝鮮が挑発行為を連発し、その宗主国たる中国は知らんぷり。

助かるでしょうか、韓国。

(続く)
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by 4kokintou | 2012-06-05 14:34

嗚呼、産経新聞 ~職業保守のなれの果て~

http://sankei.jp.msn.com/world/news/120602/chn12060207510000-n1.htm
北京・山本勲 親の因果、中国政治を左右


6月4日が第二次天安門事件の勃発日であることを踏まえると、阿呆らしくて取り上げる気にもならない記事ですが、それによると1987年1月の秘密会議で、長老や同僚から袋叩きに遭っていた胡耀邦総書記(当時、故人)を擁護したのが、今を時めく(?)習近平国家副主席の父親、習仲勲元副首相だそうです。


 「あなたたちは胡耀邦総書記に辞任を強要しているのか! この会議にその権限はない。党の原則違反であり、私は断固反対する!」


こう言って居並ぶ要人を向こうに回して啖呵を切った以上、それが事実ならば胡耀邦氏と運命を共にしなければなりません。

この会議が1987年1月16日の政治局拡大会議のことを指すならば、鄧小平氏やあの陳雲氏を筆頭とする八大長老に加え、当時の党中央政治局員全員が出席している筈です。

この会議で胡耀邦氏の総書記解任は「全会一致」で採択されたのですから辻褄が合いません。(政治局委員の座は維持、首の皮一枚が繋がったことで、おそらく同族の胡錦濤国家主席誕生の素地は失われませんでした)


この会議は、同志劉少奇元国家主席の遺志を護ろうとする鄧小平氏と、毛沢東の「裏の顔の部分」の後継者(と小誌は推測する)陳雲との激突の第一弾で、その前年から安徽省(!)合肥で始まった、学生や知識人を初めとする胡耀邦打倒運動が広がりをみせながら収拾がつかなくなりつつある時期に開催されました。

陳雲元副首相とその周辺の上海閥は、後の1989年6月4日天安門事件に於ける「学生や知識人、労働者による民主化運動」と全く同じ構図で、後の民主化運動「屋」=職業民主化運動家の育成は、この時点から既に始まっていたと思われます。


政治局拡大会議の表の議題が「胡耀邦総書記解任」ならば、裏の主題は「同氏の処遇、後継者の選出」で、結果から言えば広州閥を取り込んだ鄧小平氏の勝利と解釈します。

まず名誉剥奪を伴う政治局員解任に踏み込まなかったことで、団派(=中国共産主義青年団)の政治的進出の扉を閉ざす事態は免れましたし、広州と縁が深い趙紫陽氏を後任に選出、上海閥とその後援勢力の伸張を阻みました。

習仲勲氏も政治的立場から言えば広州閥、趙紫陽氏も失脚後の亡命先(?)が広州ですから、得をしたのが広州閥、思惑が外れたのが当時の上海閥で、広州閥には上海閥に恨みがあって、習仲勲氏が長期の失脚(名誉剥奪)を強いられたのも、毛沢東を後ろ盾とする「20世紀の則天武后」江青女史と「共産主義中国のベリア」康生の粛清のためで、この上海閥に泣かされた要人の一人です。

因みに息子の習近平氏が下放された先は陝西省、父親の出身地も陝西省、父習仲勲氏が現地軍閥の領袖的存在であるならば、そのお坊ちゃんを預かるのは造作もないことで、ですから同氏の場合は「下放」と言うより「避難」で、父親も名誉剥奪期間(12年)は故郷に帰って子飼い部隊に護られていたのではないかと推測しています。

してみると、先日失脚した薄煕来氏の先妻が李雪峰氏の娘、後妻(今の妻)が谷景生氏(軍人で父薄一波氏の現地軍閥幕僚的存在)の娘で、李氏と谷氏が同格で、この法則が習近平氏にもあてはまるのであれば、現在の妻こと彭麗媛少将は、陝西省軍閥を預かる人物から「下げ渡された」女性である可能性も有り得ます。


話が横道にそれてしまって恐縮ですが、習家が胡国家主席や温家宝首相と昵懇である気配がなく、今上天皇に無理矢理面会した国家副主席は、「日中戦略的互恵関係」の精神から言っても許せる存在ではありません。

多分、記事の執筆依頼を受けて書いているのでしょう、産経新聞記者は、美味しいだろうな執筆代。

(続く)
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by 4kokintou | 2012-06-05 00:57