現代中国考


現代中国に独自の観点から考察を加えます
by 4kokintou
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東大から中国を考える

おそらく生涯を通じて全く縁が無い最高学府を持ち出して何を言い出すかと言いますと、「一生楽して暮らしたい」と思う人間の心理は国境を越えて牢固たるものがあり、しかもそれを支えるのが人脈(派閥、学閥)だと申し上げたいのです。

東京大学は最近になって9月入学制度の導入や推薦入学実施と言った「改革案」を矢継ぎ早に打ち出していますが、その真意は「定員の確保」です。

海外から優秀な人材を集めるだの、従来の一発勝負方式以外にも人材を求める方法があるだのと言っていますが、要は学部毎の定員を減らされたくない、何となれば学生の人数が減れば当然、教授や講師の数も減らさねばなりませんが、それには大きな痛みが伴いますし、何と言っても「政官財学」複合体を束ねる元締めであり、定数減は勢力維持の観点からも連中にとって容認出来るものではありません。

考えてみれば東大は、卒業生が官民の「官」に就職する比率が異常に高い大学で、「民」でも財閥か半官半民的企業を選ぶ場合が非常に多いです。

その意味では歪で、東大だけみてると日本の現状と懸け離れていますが、「第四の権力」報道媒体も含めて東大卒業生が掌握しているのも事実で、媒体を通して見えてくる「現実」と「現状」は違ってくるのは仕方ありません。


この話、東大を「中国共産党」、東大卒業生を「中国共産党員(党書記)」に置き換えても、少しも齟齬をきたさないのではないかと思われます。


よく「過去を振り返る」とか「今を読み解く」とか「未来を語る」とか言いますが、いずれも簡単な作業ではなく、例えば孫文の「容共連ソ」は具体的に何を意味するのか、孫文は亡くなる前年の1924年に「容共連ソ、扶助工農」を提唱していますが、1924年はレーニンの没年でもありますから、連ソの「ソ」はレーニン率いるソビエト連邦(厳密に言えば孫文が心の中に描いた幻想」と言うことになりますが、それでは容共はと言えば、当時の情勢からして「ソビエト指導下の中国共産党」、これ以外にありません。

では何故「容共連ソ」なんて言い出したのか、死期を悟ったからではないかと言うのが小誌推論で、これがなければ共産中国の教科書から孫文は抹殺されていたと思われます。

当時の情勢を鑑みると、確かにカラハン宣言で借金を棒引きしてくれたソ連に好意を持つ中国エリート層は少なくなかったでしょうが、と言って二重国籍ならぬ「二重党籍(しかも事実上の一方通行)」を認める必要はなく、それ以前にソ連の顧問を受け入れる筋合いもありません。

「革命の父」孫文がもたらしたのは清朝滅亡後の混乱であり、遺言で自ら「革命未だ成就せず」と言った主旨の言葉を残しているのですから、「建国(=国家統一)の父」でないことを自白しています。

であるならば孫文の立場から考えると、本来ならば革命の母胎は国民党であるべきですが、その国民党が未熟だから革命は成就しないのであって、誰が考えてもその責任は孫文にあります。

そして無数の軍閥が割拠する当時、共産党も国民党もその変種に過ぎませんが、政治団体も兼ねているのはこの二つだけ、死後に第三の組織が台頭し既存勢力を圧倒する可能性も皆無とは言えませんが(現実に日本がそれをやりそうになりました)、その場合は別として国共だけは抑えておかないと、いずれかが天下を獲った段階で歴史に悪名を残したくないのです。

1924年段階のソ連は顧問団を派遣するのが精一杯、各地に大小様々な軍閥が並立し、ドイツと帝政ロシアは脱落したとはいえ、それ以外の列強は健在で中国国内で利権を競い合っている、こんな条件下で「容共連ソ」なんて打ち出したら、共産主義とソ連が大嫌いな列強が黙っていませんし、直接的には日本を刺激することになりますから、政治的にも有害無益です。

但しその「真意」は図星で、今も中国共産党と国民党は孫文を崇め奉っています、日本にも心酔者が多かったそうですが、この「勘違いさせる魅力」だけを持つ男を中国は教科書で「粛清」する必要があると信じます。

(続く)
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by 4kokintou | 2013-03-18 23:45

人事抗争

17日(日)の閉幕寸前まで、人事を巡って水面下の攻防が続いていたに違いない全人代も無事に終了、これで漸く中国新指導部の全容が明らかになりました。

昨年の党大会で、党としての新体制が発足したのに続き、今回の全人代で国家(=国務院)の陣容が決まったことで、残るは各省の党書記人事のみとなりましたが、党大会と全人代を終えた今、晴れて国家主席となった習近平総書記は孤独感を強めているのではないかと思われます。

まず事実上の最高政策決定機関とも言うべき中国共産党政治局常務委員(7名)ですが、己を除くと胡錦濤「長老」陣営が二名(李克強総理、王岐山中央紀律検査委員会書記)、反胡錦濤派ではあるが洟垂れ小僧(失礼ながら新国家主席殿のこと)の指図に従うつもりは毛頭ない「小姑四人組(兪正声、劉雲山、張徳江、張高麗)」も御し難い存在です。

国務院に目を向けると、国家主席と総理の間に国家「副」主席なる役職が存在し、それをヒラの政治局員ながら団派で前組織部長の李源潮氏が就任し、(組織部長=人事部長時代に余程恨まれていたのか、反対票多数)、李克強総理を筆頭に副総理は張高麗、劉延東、汪洋、馬凱の四名、その内二名は「長老」系です。

それから周強湖南省党書記が最高人民法院院長に転進、これで汚職は党(鬼より怖い王岐山中央紀律検査委員会党書記)が摘発した案件を、司法(周強院長)が裁く構図が出来上がりました。

因みに小誌が「長老」の手足(直属部隊)と看做している国家発展改革委員会主任には、日経曰く「温家宝前総理に近いと言われる(じゃあ「長老」にも近いことになります)徐紹史氏(中央委員)が就任しています。


一部の報道機関は今回の国務院人事を団派の躍進と表現していますが、少なくとも「長老」は自派の主要人物に「肩書」を添えることには成功した模様で、結果は以下の通りとなりました。


李克強(政治局常務委員):総理大臣 

王岐山(政治局常務委員):中央紀律検査委員会党書記

李源潮:政治局員(国家副主席)

劉延東:政治局員(副総理)

汪洋 政治局委員(副総理)

胡春華:政治局員(広東省党書記)

劉奇葆:政治局員(党宣伝部長)

王滬寧:政治局員(中央政策研究所長、今回で書記処書記退任)

郭金竜:政治局員(北京市党書記)

張春賢:政治局員(新疆ウイグル自治区党書記、新疆生産建設兵団第一政治委員兼任)

周強:中央委員(最高人民法院院長)

令計劃:中央委員(統一戦線工作部長)←「禊」を終えて絶対に復活すると思われますから要注意

徐紹史:中央委員(国家発展改革委員会主任)

王家瑞:中央委員(対外連絡部)


一目瞭然とはこのことで、政治局員とか中央委員とか言った「党としての立場」だけでなく、必ず党務乃至公務を兼ねている点が異なります。

今回の人事が巧妙だと思うのは、「習国家主席のお友達が党にも国務院にも殆どいない」事実に加え、「小姑四人組」の内、劉雲山氏を除く三名は名誉職(全人代委員長、政協会議主席、副総理)を得る代償に三大都市(上海、天津、重慶)の党書記を手放している点で、いわば根無し草になっていますし、それらの都市の後任が前任者に忠誠を尽くすかどうかは不透明で、これって手の混んだ離間策だと言うのが小誌見解です。

因みに劉雲山常務委員は、薄煕来の案件が片付き次第、李長春氏と周永康氏(いずれも「前」政治局常務委員)に次ぐ、或いは同列の「粛清」最優先候補になると思われます。

それから中央精神文明建設指導委員会は劉雲山氏の管轄になっていますが、この委員会は「常務委員預かり」から「ヒラの政治委員預かり」になった筈で確認の必要がありますが、この人物って余り好かれていないみたいですね。

もう一つ、周強氏は中央委員ですが、司法や公安、諜報を管轄する中央政法委員会が「ヒラの政治委員管掌」に格下げされた以上、司法関係と同委員会は横並び(つまり司法の独立)と考えるべきで、そこから敷衍すると周氏は単なる中央委員でなく「政治局員心得」程度で評価すべきと考えます。

(続く)
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by 4kokintou | 2013-03-17 07:13

祝! 習近平総書記、国家主席就任

本日(3月14日)付にて国家主席に就任されたとの由、日経なんて「全権掌握」なんて持ち上げているのですから大したものです。

その習国家主席が率いる「偉大なる中華民族」国家たる中国で、3,000匹だか6,000匹だか知りませんが豚の死骸が川上から流れてきたそうで、意想外のことをやってのける点ではやはり中国は「大国」です。

何事にも規模が一桁小さい日本ですが、仮に300匹の豚の骸を河川に捨てる段階で、誰かに見つかってしまいますし、少なくとも事が露見した段階で事件の全貌が判明するものですし、死んだ豚を河川に投棄して良いかどうかは日本でも中国でも法的に規定がある筈、法治国家で尚且つ禁止法令があるのであれば、言い換えれば日本であれば豚を流した個人や法人が罪に問われます。

ところが中国では誰の仕業か公にならない、おそらく公然の秘密なのでしょうけれど伝わってきません。

法律に抵触するような行為でも、首謀者が有力者であればお咎めなし、名前が報道もされないことに中国国民も不感症になっている現実に危惧を感じざるを得ません。


全人代では鉄道省解体を巡っての攻防が山場を迎えている模様で、日経は中国の新指導部が主導権を握って推し進めているかのような印象を与えかねない記事を掲載していますが、これは温家宝(前)総理の最後の大仕事とでも言うべき改革で、新指導部は既得権益擁護派が多いですから骨抜きを図るのに必死です。

一方で海洋諸部門は「国家海洋局の中国海警」に統合、勝手気ままに尖閣諸島へ出入りすることを抑え込む方向で温「長老」は動いています。

鉄道省は関東軍みたいな部分もあれば、中国陸軍の利権的な部分もある巨大な組織で、海洋部門も当然海軍が一枚噛んでいるのですが、中国は何事に就けても「組織としての上下関係」よりも「個人的繋がり」が優先されますので、どこの海洋部門は海軍の誰の意向を受けて動くといった具合で、お上の思惑が一致しない限り統一行動を執ることが出来ません。(唯一の例外が「反日」、これだってバラバラ)


中国の自動車保有台数が1.2億台に達し、僅か5年で倍増したことを報道機関は伝えていますが、首都の主要交通機関が自転車だった時期はそんなに過去ではないですし、ましてや文化大革命真っ盛りの頃は自転車の数すら少なく、下手に自転車なんて乗っていればブルジョアの烙印を押されかねなかったのですから、中国も表面上は「近代化」したものです。

一方で2月の消費者物価指数の伸び率は3.2%、北京に限れば4.6%に達し、加えて不動産価格が急騰しているのはご承知の通りです。

物価について新指導部はやはりアクセルとブレーキを同時に踏む考えで、日銀がジャブジャブと垂れ流すジャパン・マネーが中国に流入しているとの噂もありますが、それを考慮に入れなくとも遊休設備の再稼動を進める一方で(当然資金需要が発生します)、土地については締め付けを強化しても効果は期待出来ません。

習新体制、その船出から相当危なっかしく思えるのですが如何でしょうか。

(続く)
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by 4kokintou | 2013-03-14 22:14

中華民族と漢民族

学術用語や専門用語の定義は不要だし害悪でさえある場合があります。

最近はウイグル族が漢民族を襲撃する事件(テロ?)が相次いでいるそうですし、昨秋来のチベット族による焼身自殺も、華人の現地への大量移住による「中国化(「華化」政策と言うべきか)」に対する抗議の意味合いがあると思われますが、間もなく国家主席も兼ねることになる習近平総書記の、少数民族問題に対する認識には少なからず危うさを感じざるを得ません。

全人口が13億を超える中国で、その凡そ一割は漢民族以外の少数民族、その数は政府公認で55民族で、話題に上るチベット族なんて第9位ですからそんなに多くありません。

ご参考までに上位10民族を列挙しますと(2000年)、

チワン族(1,618万人)
満州族(1,068万人)
回族(982万人)
ミャオ族(894万人)
ウイグル族(840万人)
トゥチャ族(803万人)
イ族(776万人)
モンゴル族(581万人)
チベット族(542万人)
ブイ族(297万人)

「少数」と言っても、これはあくまで国境の内側の話で、「内蒙古」に「外蒙古」を加えると数は遥かに増えますし、200万人満たない「棒人」こと朝鮮族も南北朝鮮を足せばとんでもない数字になります。

そもそも中国はまだ一度も国勢調査(センサス)を実施したことの無い国で、加えて一人っ子政策のシワ寄せで黒子でしたっけ、戸籍に登録されていない子供(もう大人ですね)がわんさといる筈です。

先進国でも例えば米国の場合、国籍保有者が3億人、合法的移住者が3,000万人、不法移民が1,200万人と、正確なのか好い加減なのか良く分からない結果になっていまして、不法移民が国民全体の約4%にも相当する、と言いますかどうやって不法移民を正確に把握出来るのかが不思議です、国勢調査で。

話を中国に戻して、この国は漢民族と55の認定少数民族、合計56の民族からなる国家だと言うことは分かりますが、では「中華民族」とは何なのか、「漢民族=中華民族」との認識が一般的なら、事は重大です。

と言いますのも習総書記が頻繁に使う表現が「偉大なる中華民族」、とすると中華民族=漢民族とその他の民族の間に格差を設け、漢民族を優遇し少数民族にそのシワ寄せを押し付けることで「ほぼ全てが漢民族で構成される国家」中国のガス抜きを図っている、換言すれば表向きの繁栄とは裏腹に、それだけ今の中国内部には不満が鬱積しているのではないか、そう推測しています。


江沢民氏が最高権力者だった頃、煙たいから厄介払いの意味と、揚げ足を取って失脚させる意味合いから、胡錦濤氏を西蔵自治区に飛ばしました。

その胡氏は現地党書記当時、二度に亘って戒厳令を敷きましたが、職業保守の櫻井よし子女史であれば「少数民族に対する圧制」で片付けるかも知れませんが、これは胡錦濤陣営とチベット側の江沢民氏の毒牙から逃れるための芝居だったことは容易に理解出来ます。

両者に一定の理解があるから、胡氏が国家主席に就任して以降、ダライ・ラマが何度来日しようが不審船を繰り出すことは無かったですし、北京で両側の要人が協議さえしています。

習さんは絶対そんなことは許さない、と言うか許せる環境にないのではないかと思われます。

(続く)
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by 4kokintou | 2013-03-12 23:51