現代中国考


現代中国に独自の観点から考察を加えます
by 4kokintou
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暗闘そして陰謀

湖南省公安部に拘束されていた広東省の報道機関の記者を、湖南省の検察が逮捕状を発給したため公安部が逮捕するに至りました。

日経新聞が指摘している様に「首に絞められたような跡が残っている」ことから、暴行や拷問の跡が消えてから釈放するのでしょうが、中国ではこの様なことは日常茶飯事ですから驚くほどのことでないものの、湖南省はまんまと罠に嵌っています。

薄熙来裁判でも明らかな様に、胡錦濤「長老」陣営の武器は「情報公開」、湖南省側が動けば動くほど権力の現実が国民の前に晒されることになります。

広東省党書記にして団派本流の若頭たる胡春華政治局員が湖南省現地生え抜き党幹部に、何の成算もなく喧嘩を売る筈が無い、その「真意」を理解しないと相手の思う壺になってしまいます。


朝鮮日報によると日本からの対日投資が前年の六割に留まっているそうで、「反日」の代償としての「嫌韓」は安くないと言うのが実感でしょうが、罵詈雑言を浴びせかけられ身の危険すら感じざるを得ない国から、資本と人材と物資が還流するのは理の必然です。

おまけに中国では少数民族による首都でのテロ、韓国では労資協調路線の破綻に伴う労働争議の多発と、資本を遠ざける要因が発生していますから、両国とも前途は多難と言わざるを得ません。


「財閥の父」朴正煕元韓国大統領(朴槿恵大統領の亡父)が育成しようとしたのは「近代的」財閥、すなわち創業家とその子弟が企業の中枢を握って経営を壟断することなく、世代交代と共に創業者一族以外の人材が切り盛りする企業集団でしたが、創業者側が求めたのは日本流に言えば「同族企業(集団)」、有体に言うと「世襲財閥」=「前近代的」財閥でした。

朴正煕大統領(当時)に理想の企業人を挙げよと言えば、小室直樹氏もその著書で取り上げていた鉄鋼大手ポスコの初代社長、一言で表現すれば「滅私奉公」を最優先し「私利私欲の追及」を否定した人物で、日本の商社が自国の国会議員の伝手を頼って賄賂持参で面談した時も、その社長は「その先生は尊敬申し上げています」を繰り返すだけで賄賂は断りその商社とも取引しなかったそうです。

中韓にとって何が残酷かと言えば「日本に学ぶ」こと、でも日本を経由しなければ、大英帝国が発明した「近代」にも、米国が到達し得た「現代」にも届くことが出来ない、だから近代化とは皇民化の同義語にならざるを得ないのですが、それを飲み下すか拒否するかで両国の運命は変わります。

中国ではおそらく、血の涙を流しながら胡錦濤と温家宝の両「長老」は日本を「咀嚼」し、韓国では朴正煕元大統領がそれを理解した数少ない人物の一人で、現職にしてその令嬢である朴槿恵大統領もその「使命」を受け継いでいる、ただ韓国国内に蟠踞する「前近代的家族経営型財閥」群の勢力が強く、世論も表向きは反日一色なので身動きが取りづらいのも事実です。

創業家は財閥を「世襲私物化」したいがために、朴大統領暗殺に一役買ったと思われ、これに加担したのが財閥と富を取り分けたい官僚だったと考えられます。

ですから現職大統領と「財閥、官僚連合体」は不倶戴天の敵、とすると前職の李明博氏の本来の役割は「朴槿恵大統領阻止」にあったと思われ、最後に反日姿勢を鮮明にしたのは、韓国世論を引き戻すことが出来ない場所まで反日に追いやり、出来れば「親日」朴槿恵候補の大統領選挙当選を阻止するか、仮に当選しても「親日でありながら反日」と言う立場に追い込むことが目的だったと推測されます。

でもそんな国益を損なうことをしては、国家間競争から落後すると言うのが、「近代以降」が突きつけた永遠の宿題なのです、「前近代」の住人には理解し難いかも知れませんが。

(続く)
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by 4kokintou | 2013-10-31 23:19

しぶとい元祖列強=大英帝国

伊達に飴と鞭を使って1840年から今に至るまで、「宗主国」として中国に劣等感を植え付け厄災をもたらし続けてきた訳ではないぞと言わんばかりの「海の覇者」大英帝国の粘り腰です。

訪英中の馬凱副総理(政治局員、軍人枠)が英財務相と会談、天下のスターリング・ポンドと人民元の直接取引導入で合意、加えて中国政府は英国側に800億人民元(1.3兆円相当)の投資枠を「供与」、英国に下賜するとは中国も偉くなったものです。

Wikiによると馬凱政治局員は両親とも八路軍幹部、母親が軍幹部と言う訳ではなく、その実家(つまり母方の祖父)が八路軍では重鎮だったのでしょう。

つまり「軍部系革命貴族の子弟=太子党」な訳で、二十歳にならずして入党と言う毛並みの良さです。

ただ国政に造詣が深いとか、外交に秀でていると言う人物でないので、誰かの「名代」で訪英したのでしょうが、「三中全会に関する兪正声政治局常務委員の発言」に相前後しての「三中全会日程決定(11月9日~12日)」、そして今回の英中協定締結が無関係と考えるのは無邪気に過ぎるでしょう。

ポンドと人民元の兌換性を真に受けるほど小誌は初心でございませんが、問題は800億人民元相当の資金を英国(系金融機関)が中国の何処へ投下するのか、仮に馬副総理が李克強総理の指示で訪英しているのならば、資金投下先は上海を筆頭に団派が全土に設置を計画している「試験区」、軍部の独断で動いているのであれば「軍閥系太子党」の軍資金になりますが、間違っても「経済政策転換が国民生活にもたらす影響緩和」の原資になることだけはありません。


朴槿恵韓国大統領の亡父朴正煕元大統領は、戦前から戦中、そして戦後を知る人物であり、自らも大日本帝国陸軍の将校でしたから、日本の長所と短所をつぶさに観察できる立場に居ました。

生き残りの望みを賭けて日本が大陸進出に乗り出したのは国民生活の困窮が原因で、それをよそに贅沢三昧を尽くす財閥関係者と、財閥の意を汲み現状を憂う奏上を阻止する「君側の奸」が一部勢力から目の敵にされ、現実に命を落とす事件も少なからず発生しました。

その挙句に世界を敵に回して大暴れし、敗れてぼろぼろになった日本ですが、その10年後の昭和30年(1955年)の経済白書で「最早戦後ではない」と宣言するほど経済は立ち直りました。

それには様々な要因がありますが、「財閥解体」と「公職追放」が日本の経済構造の変革に与えた影響は少なくありません。

GHQ指令「財閥解体」は、実は失敗でした、その証拠に日本が占領統治から脱して独立を回復するや、旧財閥は再結集しましたから。

ですが「公職追放」のお蔭で旧財閥要人は退場を余儀なくされ、その穴埋めに多くの人材が登用されたのですが、退場した人材の中には財閥創業家出身者(或いは関係者)が多く含まれていたのは当然の話です。

結果的に、「創業家(出身者)が実権を握って全てを差配する」前近代的経営から、「財閥としての結束を維持しながら、傘下企業の主要役員の座は一般に開放する」近代的経営へと、日本企業は変貌を遂げたのです。


四民平等に代表される「一般への門戸開放」こそが近代に至るための必須条件の一つですが、これをあの朴正煕大統領(当時)が看過していたか、見逃す筈はありません。

朝鮮戦争で国土が荒野と化した朝鮮半島、その南半分は軍事クーデターで朴正煕氏が権力を掌握するまで無政府状態ですらありませんでした。

朴氏は当時の陸軍を全て掌握していた訳ではなく、軍は四分五裂でしたから「クーデター成功=権力獲得」ではなく、では何故最高権力者(大統領)に成り得たのか、それは配下の部隊が自らの手で鍛え上げた日本式「近代化」部隊だったからで、それ以外の「前近代的」部隊では話にならなかったからです。

その朴氏が大統領に就任して推進した政策の一つが財閥育成、では「前近代型」財閥を作りたかったのか、「近代型」財閥を目指したのか、答は申し上げるまでもありませんが、それは「朴大統領の回答」であって、実は「国家としての韓国の回答」ではなかったのです。

(続く)
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by 4kokintou | 2013-10-30 21:07

相次ぐ攻勢

湖南省と広東省の口喧嘩は、湖南省国営企業を告発した広東省新聞記者が坊主頭で全面謝罪、新聞社も陳謝し一見すると湖南省側の勝利に見えますが、国民はお上に逆らったらどの様な目に遭うかを熟知していますので、それが映像に流れただけで悪い印象を持たれるのはいずれの省か、面子を重んじ「憲政」を軽んじている実態を自白した湖南省と、負けて勝つを実践した広東省のいずれに軍配を上げるべきでしょうか。

その広東省で上海に続き「自由貿易試験区」構想が浮上、三都市(広州、珠海、深圳)が中央からの認可を得るべく手続きを進めているそうですが、「経済特区」を牛耳る地元党幹部(=地方政府要人)から利権を奪うのが「試験区」の役割と言うのが小誌見解ですから、これにより上海に続いて広東省でも団派が楔を打ち込んだことになります。

その上海では楊雄市長(やはり市党副書記)が「上海自由貿易試験区」に関し、その発言を信じるならば延べ3万人の問い合わせ訪問者と、8,000件を超える試験区内の新会社設立の手続きを例に挙げ、「滑り出し上々」と言った主旨の発言をしています。

除幕式には韓正上海市党書記(政治局員)、この人物は傍流団派ながら、上海における胡錦濤「長老」陣営の代弁者として活躍している人物、楊雄市長も勿論出席していますが、この人物の入党が許されたのは30歳を過ぎてから、所謂「中国版銀のスプーンを咥えて」生まれてきた人物ではありませんし、一貫して上海勤務ながら、無能か政敵ならば、2012年秋までの10年間に亘って党中央組織部長を務めた李源潮国家副主席(政治局員、団派本流)が左遷していた筈です。

「長老」の特徴は団派にこだわらず叩き上げでも有為の人材は積極的に採用すること、「鬼の王岐山」と呼ばせて頂いている、王岐山政治局常務委員(党中央規律検査委員会書記)がその好例で、1948年生まれで入党は1983年、因みに王氏は原籍地を明らかにしています。

心配なのは「長老」の腕力で抑えつけていますが、亡き後に団派が叩き上げ組を追い出しにかからないかと言うこと、「並みの」中国人なら必ずやりますから。

あと、式典には高虎城商務相(商務部長、党中央委員)も列席、そう言えば薄熙来氏も商務部長の時代があったと思わず感慨に耽ってしまいますが、この人物も1951年生まれで1987年入党、これが当たり前の入党年齢、縁故はないけど才能があり努力する人の入党年齢と思料します。

上海の方の「試験区」には第一陣として内外から36企業が進出、目を引くのはシティグループで、やっぱり親分のゴールドマン・サックス(GS)は寝返りやがったと言うのが率直な感想で、換言すれば上海閥危うしです。(その上海閥を何だかんだと言いながら英国が裏に回って支援している感もあります)


先日、インドのシン首相と面談し、久々に表舞台に出た温家宝「長老」ですが、前後して国営中央テレビの取材に応え、それによると習近平国家主席の亡父習仲勲元副首相を評し、「(習)仲勲同志は(胡)耀邦同志の仕事を全力で支持した」としたうえで、「最後まで胡総書記(当時)の失脚に反対した」そうな。

当て擦りの名人の中国人の発言を真に受ける方が馬鹿だと思います。

胡耀邦総書記(故人)の秘書官を務めていた温家宝「長老」ですから、総書記失脚前後の要人の言動には精通している筈、総書記は袋叩きにあった挙句に失脚した様に言われていますが政治局員として権力中枢に残っている(流石に実権はないでしょうが)点を踏まえると、罵りながらも背中を支える者もいれば、味方のふりして不意打ちを食らわす連中もいたと考えられます。

習仲勲元副総理の擁護発言は全くの虚構か、実態は後ろから刺したのだと思われます。

理由は簡単、失脚する人間を最後まで庇うお人好しは中国に居ないし、居たとすれば地獄へ道連れですが、国家主席の亡父は穏やかな余生を送られています。

その子供で国家主席兼党総書記の地位にまで上り詰めた習近平氏に対し、真相を知る「長老(前総理兼政治局常務委員)」が、党大会も控えたこの段階で敢えて外交舞台に立ち、そして発言する、その真意は「大人しくしておれ」以外にないと思われますが如何でしょうか。


国務院が株式会社(股份有限公司)の最低資本金を撤廃、この場合は民間企業の育成策(=国有企業抑制策)と理解すべきだと考えられますが、国家主席兼党総書記殿の意向を無視して話を進める李克強総理でした。

韓国政情と「近代対前近代」は稿を改めさせて頂きます、今日はへたばりましたので。

(続く)
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by 4kokintou | 2013-10-29 09:34

幕引き

兪正声政治局常務委員(政協会議全国委員会主席)が、11月に予定されている党大会(三中全会)で、景気過熱への対策は過去に例を見ないものになると明言、大胆な政策変更を仄めかしました。

発言内容は李克強総理の施政方針に沿ったもので、この党内序列第四位の人物が、団派を主力とする胡錦濤「長老」陣営に近い立場にあることをうかがわせるとともに、秋の党大会の主要議題が「バブル経済の処理、影の銀行の処分、理財商品の規制や地方政府事業体への出資抑制」ではないかと思われます。

それにしても七名の政治局常務委員の内、李克強総理、王岐山党中央規律検査委員会書記に続いて兪正声政協会議全国委員会主席が「長老」陣営に加担したか、それに近い状況にあるとすれば、習近平党書記が頼りとせざるを得ないのは残りの三名(張徳江、劉雲山、張高麗)ですが、「長老」とは距離があっても「青二才」総書記に積極的に肩入れする理由もありませんので、何とも御しづらい連中です。

そもそも党大会(三中全会)は日程すら決まっていませんので、常務委員の七名を筆頭に水面下で暗闘真っ盛りではないかと推測されます、時間と体力と人材の無駄遣いだとは思いますが。


中国海軍が誇る北海、東海、南海艦隊が西太平洋に集結、建軍以来初めての三艦隊合同演習を実施しましたが、合同演習にまでこぎ着けられたことを慶事とすべきか、これまで何やってたんだと呆れるべきかの判断は各位にお任せするものの、それぞれの艦隊に連帯意識が無いのは間違いなく、紙切れ一枚で連合艦隊を結成したり、人事異動で別の艦隊に移るのは当たり前の日本からみると、つくづく「前近代」は非効率と言う印象を持たざるを得ません。

拳を振り上げたと言うことは、拳の降ろしどころも決まっている場合が多く、先日北京で開催された「北京・東京フォーラム(日中有識者フォーラム)」では、やっぱりと言うか基調講演は福田康夫元総理、中国人は律儀だなと感心しつつ、唐家璇元国務委員の挑発的発言もありましたが、これが反対派の精一杯の意思表示でしょう、と言いますか、日中戦略的互恵関係を構築した日本側の立役者が基調講演する場にしか、「対日強硬派」を称する連中は発言の場を見出せない様子です。

そのフォーラムの提言「北京コンセンサス」には「不戦の誓い」が盛り込まれ、両国有識者の共通認識として、「両国は戦争に道を開くどんな行動も選んではならない」と明記、これに上述の三艦隊合同演習(と言う名の「ガス抜き」、唯一従わない東海艦隊を統制下に置くこと)、それに習国家主席の最近の弱腰発言を踏まえると、「近い内に中国は尖閣問題から手を引く」と推測されます。


話変わって、ややこしいのが対印外交で、先日インドのシン首相が訪中しましたが、首相と会談した中国側要人は確認出来ているだけでも、習近平国家主席、李克強総理、張徳江全人代常務委員長と、これだけでも豪華な顔ぶれで、同時期に訪中したメドヴェージェフ首相なんて脇に追いやられた感がありますが、それだけに留まらず最後を飾ったのが温家宝「長老」(前総理)でした。

中国は国別に要人を「窓口」とする習慣がありますが、インドについては複数の人物が競っている感があります、前執行部では呉邦国氏(前全人代委員長)だった印象がありますが。

一方のメドヴェージェフ露首相は、李克強総理の故郷安徽省までついて行き、おそらく攻勢を強めるプーチン大統領への取り成しを頼んだものと思われますが、それは無駄な足掻きというものです。

外国首脳を地方に連れ回す時、中国はその人物に対し極めて冷淡であることを意味しますから、メドヴェージェフ首相の願いは叶えられません。


日経を読んでいてそうだろうなあと思ったのは、朴槿恵韓国大統領が重職に陸軍士官学校出身者か検察関係者を登用していることで、しかも年齢は60代後半以上(大統領は61歳)ですから、父親(朴正煕元大統領、故人)の政治理念を肌で知る人物で固めるとの批判が出ているそうですが、そうするしかないと思われます。

両親を暗殺(銃殺)された体験を持ち、本人が「地獄を味わった」と語るほど無数の裏切りを経験し、尚且つ自らが挫折を繰り返しながらも最高権力者の椅子に座ると言うのは、余程の覚悟と信念が無ければやり通せません。

亡父が部下に射殺されているのですから、自分の手足となるべき人材は慎重に選別していると考えるべきで、大統領選挙に当選して以降の財閥との軋轢、特に財閥側がめぼしい人物を片っ端から調べ上げて告発し、閣僚就任辞退に追い込んだ事実と、その後の中堅財閥領袖の逮捕劇を見るにつけ、亡父朴正煕大統領(当時)暗殺に巨大財閥が一枚噛んでいたとの疑惑が拭えません。

陸軍士官学校には亡父に忠誠を尽くす人材が残り、検察は時間をかけて自派の勢力を植え込んで行ったものと推測されます。

結局、大統領一派と財閥(及び官僚組織)は不俱戴天の仇なのですが、その原因は日本、ここにも「近世」と「近代」の激突があります。

(続く)
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by 4kokintou | 2013-10-28 21:25

ミャンマー事変

先日、ミャンマー軍司令官が習近平国家主席を表敬訪問、そのお互いの余りのよそおしさに国家主席殿の器の大きさがうかがえましたが、ミャンマーとしては筋を通したと言うことで、遅くとも11月までに少数民族と停戦合意と首脳が発言、前後してテイン・セイン大統領が2015年の大統領選挙には再出馬しないと明言、この大統領選挙にスー・チー女史も出馬に意欲を示していますが、夫が英国籍の女史を国家元首に迎えるには、再び英国の影響下に甘んずるか、英国と縁を切るかのいすれかを選択する選択する必要があります。

その習国家主席、「周辺外交活動座談会」なるものに出席、座談会と言っても政治局常務委員全員と軍幹部が参加し2日間に亘って催された行事で、国家主席殿も発言されていますが主宰者は李克強総理、内外の報道機関は議題を絞った今回の座談会を「異例」と評していますが、政軍の最高幹部が終結した会議を国家主席兼党総書記の習近平氏が主宰しないことこそ異例中の異例、序列に厳しいお国柄ですから「序列首位を差し置いて二位の人物が会議を主宰し、それに他の政治局常務委員や軍最高幹部も異議を挟まない」と言うことは、控え目に言っても李総理が実質序列首位で習主席は総理の言動に口出しできない、もっと言えば背後の胡錦濤「長老」に手も足も出ないばかりか、周りの政治局常務委員や軍幹部も籠絡されていることが分かります。

ここまで非常識なことをして無理を通してきたことのツケが回ってくるかもしれません。


わざわざ湖南省まで出向いて現地大手国有企業の不正を暴いた挙句に、同省長沙市の公安当局に拘束された広東省系新聞記者が、報酬と資料を貰って記事を書いたと「白状」、でも報酬も資料も出所が不明と言うのですから、湖南省側が無理矢理言わせたと解釈して間違いなさそうです。

湖南省としても「無傷で」返す訳には行かない、広東省側は現地に送った以上、記者が拘束されて「白状」するのは百も承知、中国中央テレビが記者の謝罪の現場を放送したと言いますから、今度はこのテレビ局が「炎上」するのではないかと思われます。


お隣の韓国では日本客相手の旅行代理店に閑古鳥が鳴く有り様、日本に依存しながら日本に毒づくことを国是としているお国ですから、確かに日本からの客が減っては大変と言うことでそれらの代理店に政府が緊急融資、財閥には常時同じ手法を用いているでしょうから、その点は抜かりないでしょうが、根底には韓国系企業の体力そのものの低下があるのではないかと思われます。

日本人観光客が25%減れば一大事ですが、それで政府が乗り出すのも考え物で、民間の取引金融機関に任せれば良い筈ですが、思いの外金融制度が「前近代的」な韓国では、民間の流動性が尽きつつあるのではないかと推測されます。

その韓国、相変わらず大統領と財閥(+官僚)の軋轢が激しく、今回の舞台は検察庁、財閥の意を汲んだ検察官が昨年の大統領選挙時の朴候補(当時)の不正を調査しようとしたところ、大統領側がその検察官の更迭、例によって暴露合戦に発展している模様です。

仕方ないですね、「食うか食われるか」ですから。


相手に「頭を下げる」、これは結構辛い話で、唐までは「貴族社会」、貴族社会の拠り所は「家格」と「系図」、唐の時代ですら王室なんて糞喰らえと思っている貴族は数多く存在し、唐の昭帝がある貴族に子弟同士の結婚を持ちかけたところ、「唐王朝は家格が低すぎるし、歴史が短すぎるし、遡って出自が卑しい(多分、武川鎮の雑胡)」とに理由でにべもなく断れています。

つまり政治は勝手にするが良い、でもそれは我々貴族の既得権益を侵さない限りにおいてと言うのが当時の貴族の総意だったと考えられます。

では北宋に至り趙氏が天下を握って、あの中国人が素直に頭を下げるのか、趙氏だって「馬の骨」ですから、「頭を下げる」には余程の我慢が必要ですし、それを続ける何らかの理由が無ければなりません。

貴族が滅びたのもその辺りにあると睨んでいます。(この点については稿を改めます)

(続く)
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by 4kokintou | 2013-10-27 17:37

撤退

明治HD(明治製菓)が中国の粉ミルク事業から撤退するとのこと、表向きの理由としては「日貨排斥」(日本製品不買)を挙げていますが、合弁先と揉めて採算が取れなくなったのが真相と思われます。

薄熙来元政治局員の控訴審で同氏の無期懲役が確定、これで薄熙来氏は名実共に「過去の人」になりましたが、「次の始まり」でもあります。

薄無期長期囚は「太子党=革命貴族の子弟」の出身、その中でも「血筋」は良い方で、それぞれ子飼いの軍閥を従えていることから、その点では習近平国家主席と甲乙付け難いと思われます。

似た環境で育った人間同士は得てして反りが合わないもの、両氏の不仲は半ば定説の様に語られていますが、仲が良かろうが悪かろうが、一方は刑事犯罪者で他方は逮捕時に政治局常務委員、明暗が分かれるとはこんな時に使うのでしょうか。

ただ薄熙来受刑者からすれば、今の国家主席殿を含め複数の党最高幹部の醜聞を知っていても不思議でない立場にあり、その点に関し黙秘を貫くことで「取引」に持ち込みたい、有体に言えば減刑の材料にしたいとの思惑があったと考えられます。

黙っているから罪を軽くしろと言うことですが、裏を返せば減刑が叶わぬならば洗いざらい喋るとの脅しで、だから救いの手を差し伸べる連中が出て来ると言うのが薄熙来氏の読みだったでしょう。

ただ残念なことに、習国家主席(党総書記)やそれ以外の「首筋の寒い」要人には、裁判に容喙するだけの政治力が無く、手を拱いて公判の模様を眺めているしかありませんでした。

薄熙来元政治局員が取り調べる側と「手打ち」していないことは、一審で徹底抗戦した事実からも、控訴までしたことからも明らかで、同氏の妻や元側近は事前に「司法取引」しているから、全て仰る通りで私が全部悪うございますと言って比較的軽い刑で済ませて貰っています。

とすると薄受刑者が本格的に「口を割る」のはこれから、自力で情状酌量を勝ち取る方法はただ一つ、今まで黙秘していたことを供述する、これしかありません。

取り調べには党中央規律検査委員会、国務院監察部、場合によっては最高人民法院が総出で対応することが予想されます。


最新鋭と自ら誇るだけあって、中国海軍空母「遼寧」にはエレベーターが設置されていて、決して米軍F-15戦闘機のパクリなどと思ってはいけない「殲-15」の収納の様子が、人民網日本語版からの引用の形で北京週報に掲載されていました。
(http://japanese.beijingreview.com.cn/zxnew/txt/2013-10/23/content_573907.htm)

「殲-15」は翼が折れ曲がるんだと感心しつつ、中国人は意外と抜けているところがあるから、見る人が観れば軍事機密てんこ盛りなのではないか、素人の感想ですが自慢のステルス性に盲点がある様な気がしますが、この点についてもご教示を賜りたく。


近代と近世を比較するうえで、中世と近世の違いに言及していますが、その違いを小誌は「頭は下げる」、「命令は聞く」、「家柄を誇らない」の三点に集約しました。

日本はその点で気楽なもので、帰化人(最近は「渡来人」とも言うそうな)は別にして、古事記と日本書紀(日本紀)が全ての氏族を天皇家の末裔か支配下の部族としたため、家柄を誇れば誇るほど天皇家を持ち上げることになる、皇室よりも古い家柄は存在しないし、殆どの場合、天皇家に繋がってしまうと言う、まさに「万世一系」です。(この点で沖縄は異なる価値観を持つことになります。因みに小誌はひょっとすると坂上系の帰化人の血が流れているかも知れず、面倒臭いので調べていませんが、それが正しければ東漢氏に遡りますので皇室より由緒あるかも知れませんが、我ながら爆笑しながら書いていますのでこの辺りで止めます)

「北宋以降=近世」を絶対皇帝制と定義し、中世と違うのは皇帝とそれ以外の臣民の間に隔絶した距離があり、従って簒奪は有り得ず、それに故に「放伐」はあっても「禅譲」が無いのが近世、逆に「禅譲」が主流で「放伐」は少数派と言うのが中世と言う見方を拝読した記憶があります。

「禅譲」を言い換えると「体制内クーデター(政権奪取)」或いは「宮廷内革命」、禅譲は後漢から魏への例が歴史上の最初で、南北朝時代の南朝では基本的に禅譲、但し直後に必ず前王朝族滅付きですが。

隋も北周から、唐も隋からの禅譲、その唐も禅譲の形式を踏んで滅びた筈です。


一方、確かに「北宋以降」では禅譲は絶滅し放伐が政権交代の手法となりますが、「体制内クーデター(政権奪取)、宮廷内革命」だけは止めようと言うのが唯一の総意と言うことになり、つまりは「頭は下げる」ことを覚えたのがこの時代以降と言うことになります。

(続く)
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by 4kokintou | 2013-10-25 23:40

近世の曳光、近代の閃光

以前にもご紹介した試算ですが、1820年頃の中国(清朝=大清)の推計GDPは、世界全体の3分の1に達していたとか。

勝手ながら清朝(中国)、ムガール王国(インド)、オスマントルコ(中近東及び北アフリカ)を「オリエント三大近代王朝」と呼んでいる小誌ですが、これらの共通するのは異民族王朝(征服王朝)であることです。

異民族王朝の利点は外敵に煩わされずに済むこと、当たり前の話で、(最強の)外敵を引き入れて成立した王朝ですから、街一番の用心棒集団をその街の代表に仕立て上げた様なものです。

しかも清朝の場合、満州族に加え蒙古族の一部まで従えての入城ですから、お得であった訳で、帝国周辺の「まつろわぬ者共」を退治するのはこれら異民族王朝の仕事、ですから実質的主権者である宗族階級(=士大夫層)は軍務と外交から解放されることになりました。

因みに明朝(=大明)滅亡時の中国の人口はこれも推計で2億、李自成討伐を名目に長城を越えた満州族(正確には清朝傘下の官民)の総数は60万人、後に三藩の乱で康熙帝と雌雄を決することになる連中は、半独立状態だったとはいえ、表向きは清朝に服従していたのですから、60万人で2億人を統治することになります。

これは無茶だと誰しも思いますが、意外とそうではなく、この(最低)60万人を敵に回したがために明朝末期の財政は火の車、それでいて中華思想と言うのは厄介なもので、蛮夷と対等な立場にあるのを極端に嫌いますが、同じ中国人相手に頭を下げるのは嫌と言うことで、明朝の歴史はそれすなわち党争、派閥と結社が蠢き、それに宦官が付け込む時代でした。

だから60万人の用心棒を「好待遇」で迎え入れた方が安上がりで、しかもこの用心棒集団は軍事と外交、それに治安維持だけでなく内政にも卓越していましたから(ここで決して「満州国と日本軍占領下地域の中華民国みたい」と思ってはいけません)、太平天国の乱の少し前時点で、清朝の人口は4億に達します。(諸説あるみたいですが)

つまり「傭兵のつもりが民政にも優れていた」と言うのが清朝の実態だったと言えますし、裏を返せば中華民族はその領土に相応しい統治能力を身につけたことが無いと断言しても差しさわりが無いと思われます、少なくとも「北宋以降」は。

ムガール王朝も同じ、チムールを始祖とチムールはチンギスハンの末裔を自覚していまし、「ムガール」そのものが「モンゴル」の訛り、つまり蒙古(モンゴル)民族の王朝と言うことになりますが、この地域で当時最強だったのでしょう、インドでの征服王朝となりましたが、これも現地の実質的主権者たる藩侯や土侯にとっては安上がりだったと思われます。

因みに1700年時点の推計人口は1億5,000万人、諸説多々ありますのでご留意の程を。

モンゴル族に追いまくられた民族の一つがトルコ民族、ですが元々、傭兵として中央アジアのイスラム圏に進出していましたが、その「傭兵が樹立した王朝」がオスマントルコです。

最盛期のオスマントルコの人口は不明ですが、億の大台に乗らぬまでも数千万の単位であったことは確かだと思われます。


大英帝国は1801年から国勢調査を実施していますが、最初の調査時の人口は780万人弱、1841年でも1,360万人ですから、まさに桁違いです。

しかも侵略とは常に敵地に攻め込むことですから、地の利は期待出来ませんし、補給も決して楽ではありません。

阿片戦争勃発時(1840年)、仮に清朝の人口を5億として、軍籍に属する者の比率を全体の0.4%(兵士1名に就き負担者250名で試算)とすると200万人、対英戦争に回せる軍勢をその一割として20万人、1860年の北京条約締結に至るまでどれだけの兵士が対西欧列強戦争に動員されたのかは不明ですが、「桁違い」だったのは間違いありません。

つまり近世と近代の違いは、少なく見積もっても一桁、ひょっとすると二けた異なる訳で、中世型大帝国だった清軍の実力は最大限過大評価して近代列強の「質×量×十分の一」、最後の近代国家で非白人国家としては唯一近代化に成功した日本の1900年時点の人口が4,300万人、同時期の清朝は推計4億人、やはり近代と近世とは「けた違い」なのです。

では何が桁違いなのか、科学技術とか産業革命とかではなく思想そのもの、突き詰めて言えば国家観そのものが問われる訳で、近代「列強」から現代「超大国」への飛躍にも、思想的な根本的変換が求められ、それに現時点で合格したのが米国で、なり損ねたのが日本とドイツ、見栄を張って超大国を装った挙句に破産したのが旧ソ連です。

では「近世思想」と「近代思想」と「現代思想」の違いは何でしょうか。

(続く)
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by 4kokintou | 2013-10-22 23:55

拝啓 習近平総書記殿

最近は政治局常務委員の同僚とアニメになって国民と接されている由、とりあえずご健勝のご様子で何よりです。

薄熙来氏の裁判の控訴審も25日に判決が言い渡されるとのことで、まずは一安心と言うところでしょうか。

でも政治家に求められるのは忍耐力、ミャンマー総司令官の表敬訪問を受けた時も、握手する際は目を合わせるか、二人ともカメラの方に顔を向けるのが慣例と言うもの、総書記は目を逸らすかのようにカメラを見つめ、総司令官は総書記の頭の少し上あたりをにゆるい視線を向けている、これだけで両国の「親密ぶり」がうかがえます。

ただ、こんな写真を掲載するから、報道機関の記者を集めた大規模研修(参加者25万人!)などを催す羽目になるのでしょうか、そこではマルクス主義に関する試験を受けたり、反日報道の徹底を目的とした「教育」が行われたそうです。

一方で香港では、従来は一紙に限られていた広東語の使用を原則全面解禁、本土の全報道機関を対象とした研修はおそらく、党中央精神文明建設指導委員会主任にして党中央書記処常務書記も兼ねる劉雲山政治局常務委員の差し金(勿論、総書記了解済み)、後者は胡錦濤「長老」陣営を後ろ盾とする香港の最高首脳の決断と思われます。

それから中国を訪れる観光客が減少しているそうですが、春先だけでなく最早年中行事と化しつつある、首都北京を初めとする中国全土の大気汚染に手を拱いていれば、人は寄ってくるどころか逃げるのは当たり前です。

問題は総書記の決断力、国務省は先日、5業種(鉄鋼、セメント、アルミ、板ガラス、船舶)の過剰生産能力の削減を決定しましたが、これは総書記の発案乃至は事前の了解を得たものでしょうか、それとも「長老」と団派を後ろ盾とする李克強総理の指導力によるものでしょうか。

そんなことより20.5兆元(約325兆円)に達した「影の銀行」の預金残高、8月時点では邦貨換算90兆円ですから、凄まじい勢いで中国国民の財産を騙し取ろうとしています。

影の銀行にしろ、理財商品にせよ、日本で言えば「原野商法」とか「豊田商法」と言った類の詐欺商法と構図は同じで、そんな不正金融商品が出回る現状を打破するのが総書記の役目と思いますが、お見受けする限り「騙す方」に近い立場におられます。


所変わって韓国では、朴槿恵大統領の日本「無視」政策の行き過ぎを憂う論調が出てきているそうで、「無視」で充分、「敵視」でないから歩み寄る余地はあり、安倍総理も我慢してこの秋も靖国参拝は見送り、慰安婦問題(河野談話の不正確さ)でも韓国に理解を示す態度を採っているのは、朴大統領の権力基盤に未だ脆弱な部分があるから、大統領の権力確立なくして、「安倍電撃訪朝」は有り得ません。

旧ソ連は余程の海軍国らしく、中国が誇る最新鋭空母「遼寧」はウクライナの、11月にインドへ引き渡されるアドミラル・ゴルシコフはロシア製の空母です。

中印共に税金を無駄遣いしています、インド洋上で遼寧(旧称ワリヤーグ)を中心に円陣を組む中国機動部隊と、ロシア製空母を旗艦とするインド機動艦隊の激突を是非拝見したいものです。

日本製だと、やっぱりお叱りを受けるのでしょうか。

(続く)
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by 4kokintou | 2013-10-22 00:24

南京事変

南京市長(既に解任)が、公務としては監察省(正式には国務省監察部)から「重大な法律違反」があったとして、党員(南京市党副書記)としては党中央規律検査委員会から「重大な規律違反」を理由に取り調べを受けていることが発覚、久々に「鬼の王岐山」が大物(中堅?)の首を召上げました。

習近平国家主席(党総書記)が就任早々に汚職撲滅を公約に掲げたことを、中国全土の共産党幹部はさぞ恨んでいることでしょうが、人気取り政策から始めねばならない辺りに習国家主席の政権基盤の弱さが現れていますし、その「言葉尻」を捕らえて公約として実行に移す王岐山政治局常務委員(党中央規律検査委員会書記)の政治力にはあらためて脱帽するしかありません。

因みに、「党が国家を領導する」建前からでしょうか、省長も市長も党書記ではなく副書記を兼任するのが慣例になっている様子で、中国共産党の方が国務院よりも上と言う体裁を踏襲しています。


共産中国建国以降、南京は割を食ったと言うか、不遇な立場に置かれたと言うか、日陰に甘んじているのは確かです。

中国人がどれだけ真剣に風水を信じているのか存じ上げませんが、叛意の気脈が流れているとの烙印を押されても仕方ないのが、この南京です。

太平天国が最終的に首都に定めたのも南京(天京)、蒋介石率いる中華民国の首都も南京ならば、止めを刺したのが大日本帝国が後ろ盾となって成立した汪兆銘「国民党」政権、勿論首都は南京です。

「帝国主義の巨魁」大英帝国の手先となって、中国を蚕食する出先機関的役割を果たした上海の方が、遥かに罪は重いと思うのですが、心ならずも敗戦国日本の「傀儡」政権の首都となった南京と、戦勝国でありおそらくは国共内戦において中国共産党を勝利に導いた影の立役者たる英国の代弁者的存在の上海では、扱いが異なっても致し方ありません。

従って建国後一貫して何事に就けても上海が優先され、一つの閥を形成して国政に影響力を行使し続けてきたのも当然と言えば当然、江青を領袖とする四人組が失脚しても、別の上海系有力者(代表例は陳雲)が登場して国政に口出しすると言う事態が続きました。

まさに英国との繋がりが上海を常に日の当たる場所に置く一方、冷遇とは言わぬまでもその歴史的地位に相応しくない待遇を受けていた南京は、捏造であろうが何であろうが「南京大虐殺」を声高に叫んでその存在を訴え、被害者を装う以外の道はありませんでした。

その南京の政変劇を、果たして単なる中国中核都市での汚職摘発事件と捉えるのが正しいのか、正直言って少し躊躇があります。

日本人だって意識せぬまま伝統的思考に頼ったりしますが、中国の方が根強く残っていますので、それに対する依存度が大きく、対して歴史上の長きに亘って中華文化圏に属しながら、あっさり「近代」に移行することが出来た日本は、以前には「共通認識」であった筈のことをすっかり失念していることがあります。

最近、上海閥の凋落が囁かれていますが、上海閥を潰すと言うことは英国に本気で喧嘩を売ることになりますので率直に言って得策ではなく、二度と上海から「英国の国益代弁者」を輩出しないためには和戦両様が必要で、有体に言えば「今まで付き合っている連中とは手を切れ、その代り国益は今まで通り保障するから」と言うのが、英国に対する「長老」の提案ではないか、つまり英国の国益のパイプをこちらに通せと言うのが「長老」の意向、それを具体化したのが上海に出来た例の「試験区」だと思われます。

これだと英国の国益は維持され上海も廃墟になることを免れ、それでいながら英国の利権も保障されることになりますが、この「試験区」設定は1840年(=阿片戦争)以降の中国「近現代史」において、初めて中国にが英国に対し所謂「アッパー・ハンド=上位者」として交渉に臨み得た瞬間ではないかと思料する次第です。

この「試験区」に日米が先に乗れば、英国は立ち遅れるばかりか締め出されかねず、従って英国には選択の余地が無い、この様な力関係は「近現代史」においてついぞ有り得ませんでした。

「長老」は好むと好まないにかかわらず、必要だから日本を手本にしました。

それが上海閥の没落=英国の影響力後退に繋がったと言えますが、ならば今後浮上してくるのは南京です、立地条件から言っても上海が沈んだ分の穴埋めが出来るのは南京しかありません。

今回の汚職摘発劇、思いの外意味が深いかもしれません。

(続く)
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by 4kokintou | 2013-10-21 00:58

お里が知れる

キルギス政府が韓国人男性との国際結婚を禁止する法案を検討中とのこと、よくよくの事情が無ければこんな法案を出す訳ありませんから、キルギスに限らず中央アジアの比較的貧しい国々や地域での韓国人の所業が如何なるものか、大凡は想像が付きます。

おそらく過半数は結婚とは名ばかり、韓国に連れて帰って売春させているか、仮に結婚したとしても使用人以下の境遇で虐待を受けている女性が多いと思われます。

日本人と韓国人の最大の違い、これは「近代」を受容するか拒絶するかに問題が逢着するのですが、日本人の場合、犯罪はあくまで犯罪、悪いと言う認識がありますが、韓国人は悪事が「露見」することが悪であり、悪事そのものを悪とは認識していないのではないかとの疑問が湧いてくることがあります。

今でもそうなのかは存じ上げませんが、韓国人が中国で暴れたりして御用になる時、「俺は日本人だ」と言うことが多かったそうな。

日本人だから手心を加えて貰えると思っているのか、顕わになった恥部は全て日本人に押し付けようと言う魂胆なのか、「悪事だけどする」と言うのは遵法精神の裏返し、「悪事かどうかはその時次第」と言うのは法治国家としては不合格です。

悪事(悪いこと)とは法に抵触すること、法治国家では常識以前ですが、不法行為に対する認識が欠如しているかどうか、「悪事を働いているけれど、犯罪であることを認識している」のと、「悪事かどうかは状況次第、相手次第、露見するかどうか次第、袖の下次第」の世界とでは雲泥の差があります。


その韓国、公務員の腐敗に関する調査によると、ギリシャ、イタリア、ポルトガルに次いで堂々の四位、調査対象に入っていれば中国が文句なしの首位だと思われますが、そこまで記事には掲載されていないので真相は不明です。

その調査基準で大きな比率を占めるのが「任用の閉鎖性」、平たく言えば縁故採用が罷り通っている訳で、一時は超学歴社会と言われていた韓国ですが、国家経済の失速に伴い地金が出てきた感があります。

民間部門が生み出した富を「収奪」するのは中世以下、「再配分」するのが近代以降です。(日本だってこれが完璧には出来ずに七転八倒しているのですから)


同盟国である筈の中国からも経済制裁を受けている北朝鮮ですが、困っているどころか贅沢品の輸入が急増、おそらく日用品も同様の状況と推測されますので、大量破壊兵器製造に繋がる全ての品目の対朝輸出を命じた習近平国家主席の面目丸潰れ、北朝鮮への密輸の「胴元」は胡錦濤「長老」とみて間違いないでしょう。

その中朝国境の町、遼寧省丹東で「中朝経済貿易文化観光博覧会」なるものが開催、国連安保理が制裁対象として名指しした北朝鮮系企業が出展しています。(後に撤去)

まず確実に言えるのは、習国家主席の承認を得ていないこと、たとえ暗黙の了解でも与えていたら、今までの決定を己自身で否定することになりますから。

では「長老」の策謀かと言えば、少なくとも積極的に関わっていないのではないか、現地政府が勝手に話を進めて開催したのではないかと思われます。

国家主席殿にとって致命的なのは、情報が手元にまで上がってこないこと、今回の博覧会でも地元主催でその内容を団派は把握していたけれど知らんぷり、現地の中国側も露見するのは分かってやっていますから確信犯です。

要は「遼寧省・大連閥」による習近平主席に対する「非暴力、不服従」宣言、ついでに面子を潰してしまえと情報を上げず、習主席がこの方面で自前の情報網を持ち合わせていないことも露見してしまいました。

徒手空拳でどうやって今後を生き抜くつもりなのでしょうか。

(続く)
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by 4kokintou | 2013-10-15 17:19