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遅くとも嘉慶帝が即位した段階で、阿片は少なくとも上流階級の一部に浸透していたことが、阿片禁止令と言う「勅令」が出たことからも推し測ることができます。
父親の乾隆帝が阿片に手を染めていようがいまいが、その在位中から阿片が蔓延しつつあるのに放置していた罪は大きいです。 では嘉慶帝が禁止令を発布する以前の、「初期」の阿片の提供者はと言えば、これは裏社会しかありません。 そしてその入手経路は、海外との密貿易か、国内で官吏の目の届かない(或いは黙認してくれる)地域、特に内陸部の異民族居住地だと思われます。 とすれば裏社会は「闇塩」に続いてご禁制の阿片も商売道具として手に入れたことになります。 しかもその裏社会と繋がっていたのが、地方豪族つまり現地大地主、有体に言えば宗族階級(士大夫層)で、例えば明(大明)の時代、後期倭寇と言う名の東アジア国際海上密貿易を駆逐した役人は、その出資者で討伐によって既得権益を奪われた現地地主層の運動で、功績を挙げたにもかかわらず朝廷ら死を賜っています。 ただ通常の密貿易の場合、士大夫階級更が最も潤いますが、阿片の密売は収入もあるかも痴れませんが、薬物中毒になる訳ですから、出費が嵩むことになります。 となると被支配階級の負担は、 「通常の税金(直接税)」+「塩税(及び茶税)」+「宗族階級が胥吏を介して徴収する私的税金」 これに「阿片の代金」が新たに乗っかりました。 しかも阿片によって裏社会は潤いますが、支配階級は赤字或いは出超になるとみるのが妥当と思われます。(全てを下々に転嫁することは不可能です) ここに「裏社会の勃興、宗族の没落」が始まりました。 (続く)
by 4kokintou
| 2010-02-19 22:47
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