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現代中国考


現代中国に独自の観点から考察を加えます
by 4kokintou

スターリン大元帥閣下を待たせる不埒な小誌

ソ連はそもそも「陸の王者」型列強であって、日米が太平洋戦争で「定義付け」しようとした「超大国」では決してありませんでした。

ベルリンを陥落させてから条約を蹂躙して旧満州国に襲い掛かるまでの3ヶ月、スターリンがしたことは、ひたすら戦車と兵員を満州国境に送ることでした。

つまり日米独が(条件付きにせよ)可能であった「二正面作戦」、そして日米がなしえた「空、陸上及び海上、そして海中の三次元戦争」は、建国から崩壊に至るまで、一瞬たりとも不可能でした。

その証拠に、大韓航空機撃墜事件で露見したのは、「ソ連軍の統帥権の所在が不明確と言うか、存在しない」と言う事実で、「統帥権が確立していない近代的戦闘部隊」と言うのは、言葉の遊びの域を出ません。


スターリンが宥和的態度を一変させたのは1947年から48年で、占領下にあった東欧各国を次々と「赤化」していったのが、本格的な冷戦の発端であり、チャーチルが各方面から嘲笑と面罵を浴びせられながら、鉄のカーテン演説で米国の欧州への再上陸を促し、ドゴールがロシア人の心理と西欧への憧憬(=劣等感)を読んで、その言辞だけでくい止めていた苦心も画餅に帰しました。

ソ連の核実験成功が明らかになったのは1949年、ベルリン封鎖開始は48年、ですから49年までの最長4年間、米国の核兵器がモスクワ上空で炸裂することは無いとの確証を獲たことを、あの天才的外交手腕の持ち主モロトフがソ連の外交的勝利と自賛したのも首肯出来ます。

こうして第一戦線(欧州戦線)は熱戦の一歩手前に達し、第二戦線(中東)もイスラエル建国問題、そしてイランの英ソ分割統治(米英の力関係については項を改めさせて頂きます)と言う名の睨み合いと、緊迫の度を増していますが、ではスターリンにとって第三戦線(中国)は如何なる意味があるでしょうか。

「平穏な現状維持」が望ましいですが、既に国民党と中国共産党の殴り合いが始まっているので、傍観している訳にも参りませんから共産党を支援したでしょうが、下手をすれば手を咬みかねない飼い犬ならぬ「狂犬」に兵器を、特に重火器を大量に渡すのは自殺行為です。

とすると次善の策は「米帝を消耗させるためも持久戦」で、強いて勝って貰いたいのは国民党政権の方です。

朝鮮半島北部を何故確保したのか、その前提は「満州の赤化」(勿論ソ連とスターリンを共産主義の本家本元と仰ぐ)、これ以外にありませんし、ソ連にとって「食べ応え」があるのは旧満州地区だけです。

「ブルジョア政党」国民党政権が保有する旧満州国地域を「赤化」することは出来ますが、渋々でも中国共産党を「身内」と認めた以上、その保有する領土を「赤化」して「占拠」することは出来ません。

としますとスターリンの真意は、第一戦線と第二戦線次第の部分はありますが、「国共だらだら内戦の継続」か「体力を消耗した蒋介石の勝利」と言う結論になります。

(続く)

by 4kokintou | 2011-01-14 12:35
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