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現代中国考


現代中国に独自の観点から考察を加えます
by 4kokintou

革命か簒奪か

「支配階級の交代」が革命の定義として定着したのは、米国独立戦争(独立革命)とフランス革命を経てから、マルクスもその流れを踏襲しているとみられますが、これに対し日本の「維新」は旧支配者層(=武士)を取り込みながら、尚且つ「四民平等」を旗印に、その権利と権益を武士以外にも開放する形を採りました。

但し、権利は義務と責任がつきもので、それを端的に象徴しているのが実質的増税と国民皆兵制度、それまで国防と治安維持は武士が、納税は農民が請け負っていましたが、それ以降は税の種類によっては旧「工商」階級も含め一律に適用、農民からの徴税も強化されたのは御存じの通りです。

それもこれも「富国強兵」、「殖産興業」を大義とする「近代化」を急ぐためで、それでもよくぞ日清戦争に間に合ったなと感心せざるを得ず、日露戦争に至っては黄色人種(植民地)が白人(欧米列強)に勝利し得ることを実証した歴史的事件、直前に日英同盟を結んだ大英帝国も内心は狼狽したと思われます。

明治維新が成功した理由の一つとして、「権力の受け皿としての天皇の温存」が挙げられ、南北朝時代において地に墜ちた天皇(正しくは「治天の君」)の権威は、応仁の乱以降の無政府状態すら辛くも生き長らえて明治維新に至りました。

ですから権力の受け皿としての天皇制があったから、近代化すなわち近代列強への変貌、有体に言うならば「食われる側から食う側への変化(へんげ)」を成し遂げられた訳で、これと対照的なのが辛亥革命以降の中国です。


1840年(阿片戦争勃発)以降の中国は「近代」でもなければ、ましてや「現代」にも至っていない、「前近代=近世」からも後退しつつある「退世」と言う小誌持論は御承知の通りですが、それを更に分類すると「退世前期」と「退世後期」に分類され、表現を変えると「辛亥革命以前」と「辛亥革命以降」となります。

「前期」或いは「以前」の段階では、曲がりなりにも清朝(=大清)が受け皿となっていましたが、「後期」又は「以降」の時点に至っては「権力の受け皿を巡っての闘争」が主流となります。

従ってこの立場に立てば、辛亥革命と比較した場合、中華民国の成立や中華人民共和国の建国は瑣事に過ぎず、共産主義中国が誕生した時点が「近世ですらない退世」である点も踏まえると、1840年以降に中国で起こった「革命」は従来型思考のもの、率直に言って「簒奪」に過ぎないのではないかと考えられます。

ですから「北宋以降=近世」の中国の社会構造を考えれば(但し元朝に就いては別途十分な考察が必要とされます)、

皇帝(象徴的主権者)

士大夫層(宗族階級=大地主、実質的主権者)


胥吏

農民(自作農→小作農)

その他雑民(反社会的勢力、賎民集団他)

だったのが、共産主義革命成就以降は

(空白)

革命戦士(共産党員)

国務院及び地方政府

農民

(その他雑民)

反革命勢力

に変わっただけで、相変わらず権力の受け皿が不在で(だから内紛が絶えない、文革がその典型例)、士大夫層が革命戦士に変わっただけ、しかも毛沢東を戴く「共産党本流≒太子党、元をたどれば都市と農村を問わず食い詰め者集団)」も居れば、陳独秀らが設立した中国社会主義青年団や中国共産主義青年団の流れを汲む「団派」も存在し、これとは別に地域毎に独立色が濃く、一党独裁を唱えていますがこれだけの寄せ集め集団も珍しいのではないかと思われます。

ですから今回の防空識別圏設定の問題でも、案の定、米国はバイデン副大統領を派遣して事態収拾に動き出しましたが、幾らオバマ大統領が習近平国家主席と昵懇だと言っても、超大国として甘受できないものがあり、翻って言えば中国は超えてはならない一線を踏み越えてしまった、でもそれは「内々の事情」が為せる業で超大国を意識してのものではありません。

おそらく習国家主席は米国副大統領の説得を蹴りますので米中関係の悪化は必至、損をするのは習近平主席とオバマ大統領です。

そして上の図からも明らかなことは、胡錦濤「長老」陣営が目指していることは「空白部分の穴埋め」、つまり今後の総書記は「党中央共産主義青年団書記」経験者に限る、換言すれば「党中央団派書記」が総書記就任の絶対必要条件、次に「国(国務院)党(中国共産党)分離」、党中央から団派以外の勢力を粛清し排除したうえで、団派に属さないが「胡錦濤思想」に共鳴する人間集団を国務院で積極的に登用する、これで中らずと雖も遠からずではないでしょうか。

(続く)

by 4kokintou | 2013-11-28 22:44
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