現代中国考

陳雲!

やっと分かりました。「犯人」は陳雲です。

消去法ですが、この人しかいません。


解説の前に予備知識として申し上げますが、中華人民共和国憲法が採択されたのは1954年で、因みに中華人民共和国が成立したのは1948年です。

もうひとつ言うと、第一機械工業省が創設されたのは1953年。正式な憲法がない時期に、知らぬ間に省(部)が一つ増えた訳です。

汪道涵はこの第一機械工業省の次長でしたから、その上(部長)がいないとおかしいわけです。

そこで、Wikiで「中華人民共和国国務院」を検索して、そこの「歴代国務院構成員」の第1期国務院(1954年9月~1959年4月)の構成者を虱潰しに調べてみました。

その構成をそのまま引用すると、

総理:周恩来

副総理:
陳雲、林彪、彭徳懐、トウ小平、トウ子恢、賀龍、陳毅、ウランフ、李富春、李先念
(1956年に任命 聶栄臻 薄一波)

秘書長:習仲勲

この中から、周恩来と56年任命組を除いて調査しました。

最初は習仲勲(国家副主席殿のご尊父)が怪しいと睨んでいましたが、陜西省出身ですし、この時期は党の宣伝部長なので、ちょっと縁がないです。

下から調べ始めた関係上、副総理も後ろの李先念から手をつけたのですが、どれも該当者なし。

最後に残るは陳雲。

「これはない」と思いつつ調べたら、宝の山はここにありました。


次回に詳しくご説明しますが、これもWikiからの引用になりますが、

「上海出身(厳密には郊外出身)」、「改名している元の(名は廖陳雲、この「廖」姓も妙に引っかかるんですが)←当然宗族出身者ではない」、「当時は副総理、財政経済院会主任、重工業相」。

第一機械工業省との関係には言及されていませんが、重工業担当であれば、無関係ではない筈です。


読者各位へ

Wikiでも何でも結構ですから、陳雲を各自ご確認願います。

(続く)
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by 4kokintou | 2008-06-11 23:30
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